お宝発見

みなさん、おはようございます。
昨日までの休暇を終え、今日から日常に戻ります。休暇中、家内の実家で数日過ごしましたが、その時、亡き義父が持っていたネクタイピンやらカフスボタンやらを持っていかないかと言われ、箱の中を漁っていたら「お宝」を発見。義父が自衛隊の時に受けた階級章や徽章(きしょう)です。死後に授与された勲章とは別に、たくさん取ってあったのです。それ自体はネットオークションで数百円で取引されている程度ですが、よく見れば、その人がどんな経歴を持ち、部隊の中でどんな活躍があったかがわかります。その小さな金属のバッヂやカラフルな布自体に価値があるから大事にしているというより、働きが認められたり、貢献が認められたことのしるし、まさに生きたことのあかしだからかもしれません。
そんなのを見ながら、天の御国で用意されている「報い」とか「冠」と言われているものも、もしかしたらそういう意味合いが大きいのかもしれないなあと思いました。天国に行ったら、何か足りないものや不自由がある訳ではないのです。むしろ、神様が私たちのこの地上での歩みの中で忠実に頑張ったこと、忍耐して労苦したこと、戦って守り抜いたことを一つ一つちゃんと見ていてくださり、知っていて、認めてくださっていたということを知って感激するのではないだろうかと、妄想していました。

“あとは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。その日には、正しいさばき主である主が、それを私に授けてくださいます。私だけでなく、主の現れを慕い求めている人には、だれにでも授けてくださるのです。” テモテ第二 4:8

休暇中、お誕生日を迎えた方が何人かおられました。****さん、*****さん、*****さん、****さん、それぞれ遅ればせながら祝福をお祈りします。
今日は、盛岡で3.11いわて教会ネットワークのコアミーティングがあります。

佐々木真輝