もやもやの中から

みなさん、おはようございます。
私自身は震災によって悲劇に見舞われたわけではありません。被災者ですねと言われると「?」となります。それでも、家内の親戚が亡くなったり、家を流されたり、何人かの友人たちの身内が亡くなったりしているので、特別な思いがあります。昨日はテレビをつけても、ネットのニュースを流し読しても、ラジオをつけても、追悼式典の様子や被災者の痛切な言葉が伝わって来て、「気が重いなあ」「あまり聞きたくないなあ」という気持ちが先立ってしまいました。それが何を意味しているのか自分でも良く分からないでいます。それでいて政治家の追悼の言葉に空々しさを感じて腹を立てたりもするので、ますます自分の気持ちが良く分かりません。
こういうときに、自分のためにどう祈ったら良いのか分からないのですが、そういうときは無理にまとめようとしないで、もやもやした感じをそのまま味わうようにします。決して心地よい時間ではありませんが、私のためにとりなしていてくださる聖霊なる神様の助けによって、いつか、そのもやもやの中から何か意味あるものを見いだせると信じています。

“同じように御霊も、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、何をどう祈ったらよいか分からないのですが、御霊ご自身が、ことばにならないうめきをもって、とりなしてくださるのです。” ローマ 8:26

先日、礼拝後にお知らせし祈っていただいた**さんのおばあさまは、昨日未明に亡くなられたとのことです。ご遺族の慰めのためにお祈りください。

佐々木真輝