夕立のように

みなさん、おはようございます。
昨日は台湾出身でアメリカで牧師をしていたパン先生という方と初めてお会いしました。日本での生活が長く、今回の震災を受けて日本での働きへと身を投じるためにアメリカでの牧師を辞任してやってきたそうです。具体的な働きの道を模索しているところで、とても意味のある交わりの時となりました。
ところで梅雨明けしたのを知らずにいました。やけに暑いなあとか、雨の感じが「これじゃあ梅雨の雨じゃなく、夏の夕立だろう」なんて思ってました。ほんとに梅雨が明けてたとは。暑い日の午後にさっと降るにわか雨、夕立はホントにありがたいです。
聖書の教えは、人との出会いや生活の中での気づきに結びつくとき、無味乾燥なものではなく、夏の日の夕立や朝露のように私たちの息を吹き返させ、うるおしてくれるものとして感じ取れるように思います。昨日のパン先生との会話や祈りはそんなふうに感じられました。
さて、今日もそんな「夕立」あるでしょうか。

「私のおしえは、雨のように下り、私のことばは、露のようにしたたる。若草の上の小雨のように。青草の上の夕立のように。」申命記32:2

家内の2回目の点滴は結構きてます。今日午前中の体調次第で退院を今日するか明日以降にするか決めることになっています。久*姉も今日MRI検査です。

佐々木真輝

1件のコメント

  1. パン先生のようにどんなに重大な決断を迫られても、躊躇せず神様のみこころを確信したらすぐ行動に移せる人は本当に素晴らしいと思います。感謝ですね。そして、奥さん、今日か明日退院できたら入院はもうしなくてもよくなるのでしょうか?毎日祈っていますよ~!!

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