あなたも私も治療中

みなさん、おはようございます。
家内が治療のために入院する病棟は毎回変わります。昨日から入った病室ではすでに入院されている方々がにこやかに迎えてくれました。
しかし、後から家内から受けたメールによれば、面会のときは詰め所で検温してマスク着用の上で、との事でした。その病棟には血液のガンで免疫力が落ちている人が多いからだそうです。
それはそうです。にこにこしていたからと云って元気だという事ではないのは当たり前です。それぞれに問題や不安を抱えながらも懸命に生きようとし、つらい治療も我慢しているわけです。
教会も同じだよなあと思いました。イエス様を信じて私たちの人生は大きく変わりましたが、懸命に生きていることに変わりはありません。言ってみれば私たちもまた人生の治療中です。時にはつらいこともあるし、逃げ出したい時もあります。それでも少しずつ回復したり、良い方向に向かえたり、希望を持っていられるので、お互いに共感したり、笑うこともできます。本当に喜びを分かち合うためにも、相手のつらさを小さく見積もったり、小さいことでいがみ合ったりしないためにも、互いに「治療中」の身だということを覚える必要がありそうです。

「イエスはこれを聞いて、彼らにこう言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」マルコ2:17

佐々木真輝

3件のコメント

  1. そうですね(^-^)どっちがいいか、ということもないですしね(^-^)色々な局面において、神様が常に信仰の友を与えてくださることって本当に大事ですね(^-^)

  2. すべてをオープンにっていうことを求めるより、こちらから進んで思い遣るということの方が日本人には合っているのかもね。

  3. そうですね。笑顔にも色々な背景や意味があって、教会でもそれは同じのような気がします。初代教会はもっとわかりやすかったんでしょうか?日本人の気質なんでしょうか?本当の苦しみや思いを笑顔で覆い隠すのが上手なのって・・・。イエス様の前ではそうでない自分の時間を大事にできる習慣も大事ですね。そして、願わくは信仰の友の前でも!(全ての人の前ではなくても;))

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