たとえを地で行く

みなさん、おはようございます。
昨日の墓園草刈の時、私はイエス様のたとえ話に出て来る「愚かな5人の娘」のようでした。予備の油を持たずに出かけた5人の娘が、いざ灯りが必要になった時に油が足りずに困ったという、あのたとえ話です。
私の場合、油といっても灯火の油ではなく、草刈機のための燃料です。「もしかしたらなくなってたかなあ、確かもう一本くらいあったような」と考えながらも、結局途中のホームセンターにも寄らずに墓園に到着。物置のドアを開けて真っ先に手を伸ばしたのは、燃料の入った缶。しかし数本あった缶はどれも空でした。草刈機に残っていた油は30分も持たない感じでした。案の定、草刈を初めてからしばらくすると燃料が切れてしまいました。
しかし、そこには「5人の賢い娘」のように、浅*さんが予備の油を持って来ていたのです。たとえの中では愚かな娘に分けてあげる分まではなかったのですが、浅*さんは賢いだけでなく親切で、分けてくれました。おかげで目一杯刈り取ることができたのです。
草刈機の燃料が切れるタイミングは予測できますが、人生の終わりも、主イエスが再び来られる日も予測できません。そういう時は来ないかのようなつもりで生きていれば、いずれ慌てる時が来ます。そうならないよう、心ぞなえをしておきたいものです。

「だから、目をさましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないからです。」マタイ25:13

佐々木真輝