どうしても必要なこと

みなさん、おはようございます。
こうして家事やら犬の世話やらに時間を取られる生活をしていると、イエス様をもてなす準備に心が一杯になって、「本当に必要なことはそんなに多くないよ」と諫められた出来事を思い出します。
じっくり聞く・じっくり読む・じっくり考える・じっくり祈る。それらは、目の前に次々と現れる「必要」の前では、とても贅沢な時間ですし、余裕がある時でないと出来ないと思います。流しに積まれた食器や汚れたペットのシーツは、どうしても今片付ける必要があるものに見えます。
しかし超多忙な日々を過ごしていたマルチン・ルターは忙しければ忙しい程、祈る時間を十分に取ったと言います。結局の所、人は必要だと考えてていることより、必要性を痛感していることでしか動かないってことでしょうか。忙しさに振り回されることで何を失っているか、もう一度問い直したいと思います。

「しかし、どうしても必要なことはわずかです。いや、一つだけです。」ルカ10:42

佐々木真輝

5件のコメント

  1. 谷口さん、ありがとうございます。近藤先生のシリーズもそろそろ終わりですね。これからも良い記事をお願いします。

    伊澤さん、ありがとうございます。主婦の皆さんをますます尊敬するようになりました。

  2. ブログで、少し奥さんのことを知りました。助け主なる聖霊が、佐々木さんの家庭にあらゆる助けを送ってくださるようにと祈ります。

  3. 前のデートのたとえ話を思い出しました。マルタの話も。主婦やってると、本当に同じことを思わされます。食器洗いしながら讃美歌を歌ったり、とかもありですよね(^-^)

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