弱さを誇る

みなさん、おはようございます。
先日、陸前高田の市長さんが書いた本を読みました。突然襲った地震と津波で奥さんを亡くされ、二人の息子さんともなかなか会えない中、その悲しみや後悔を押し殺して「市長」としての務めを果たす姿、またその心の内にある葛藤が身につまされました。
つい最近も、台風12号による川の氾濫で結納を交わすはずだったお嬢さんと奥さんを亡くされた町長さんのことを聞きました。お二人とも家族のことは後回しにして、預かっている市民、町民のためにリーダーとしての務めを果たしています。
公務ということ、そのリーダーであるということの厳しさを感じつつも、私の場合は少し違った選択をさせて頂きました。教会の牧師である一人の夫、父親が、家族の痛みをどのように受け止めるか、また教会の皆さんにどう助けていただくかをさらけ出すこともまた、教会家族に対する務めであると感じているからです。そのようにしてしか見えてこない真理があるはずです。

「だれかが弱くて、私が弱くない、ということがあるでしょうか。だれかがつまずいていて、私の心が激しく痛まないでおられましょうか。もしどうしても誇る必要があるなら、私は自分の弱さを誇ります。」コリント第二11:30

今日は婦人会と祈祷会があります。午後には家内が退院し来週の投薬に備えて休養する予定です。

佐々木真輝