失意の中にある時

みなさん、おはようございます。
失意というのは本人が一番つらいはずですが、その人のがんばりや祈りの姿を見て来ていると、別な意味でこちらも辛く、堪えるものです。何かお手伝いできれば幾らかでも気も紛れるのですが、何も具体的に力になれない時には本当に言葉も出てきません。それでも神様はご自分の子供たちを特別に扱われるのだという約束を信じて祝福を祈るばかりです。

「知れ。主は、ご自分の聖徒を特別に扱われるのだ。私が呼ぶとき、主は聞いてくださる。」詩篇4:3

佐々木真輝