渇きに気づく

みなさん、おはようございます。
今朝方、ヒマラヤの麓近くの小さな山で山歩きをする夢を見ました。ヒマラヤなんて行ったこともないし、中身も非現実的な夢ですが、ひとつだけリアルな部分がありました。喉の渇きです。頂上付近にあった氷の柱を、なぜか一緒に歩いている今は亡きハリーが一生懸命なめて喉を潤している様子が真に迫っていました。目が覚めると、本当に喉が渇いていました。喉の渇きが見せた出鱈目な夢だったのでしょうか。
私たちの生活は夢の中ではありませんが、もしかすると、魂の飢え渇きがいろんな形で映し出されているかもしれませんね。何かに焦っていたり、何かに夢中になったり、あれでもない・これでもないと探し回っていたり。自分の魂が渇いていたのだと、はっと目覚め、その渇きを癒してくださる神様のもとに行くことができたら幸いです。

「さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。」ヨハネ7:37

今日は高***さんの誕生日です。祝福がありますように!
それから、礼拝の後で子ども祝福式があります。

佐々木真輝