雑草とい名前の草はないけれど

みなさん、おはようございます。
家の周りの草取りをしていると、子どもの頃に聞かされた「雑草という名前の草はない」という言葉を思い出します(昭和天皇の言葉ですね)。雑草だってそれぞれに名前があり、またそれ自体悪いものではありません。しかし庭や畑に入り込めば、育てている野菜や花、また景観にとっては困ったことになります。この世界は善なる神様が造られた世界ですから、私たちの周りにあるもので、それ自体が悪であるものというのはそれほどありません。食べ物、飲み物、趣味、テレビやインターネット、ケイタイなどなんでも。しかし、間違った使い方をしてしまったり、私たちの生活や心の大切なものを覆うほどに侵入を許せば、それは害となります。そういうとき、私たちはせっせと生活や心の草取りをしなければなりません。

「土地は、その上にしばしば降る雨を吸い込んで、これを耕す人たちのために有用な作物を生じるなら、神の祝福にあずかります。しかし、いばらやあざみなどを生えさせるなら、無用なものであって、やがてのろいを受け、ついには焼かれてしまいます。」ヘブル6:7-8

今日は高***さんの誕生日です。祝福を祈りましょう。

佐々木真輝