心を開いて

みなさん、おはようございます。
自分の気持ちや考えを誤解なく伝えるというのは、時に難しい場合がありますが、ぜひともやり遂げたいことの一つです。
しかし伝わらないことへの苛立ち、誤解への恐れ、関係悪化への不安など、怖じ気づかせる原因がいくつもあります。
そんな時は、まだ起こっていないことを警戒する余り、相手に対して身構えてしまうことになり、それが見えない壁を作ってしまいます。
だから、まずしなければならないのは、結果を神に委ねて警戒を解くことなのかもしれません。
「コリントの人たち。私たちはあなたがたに包み隠すことなく話しました。私たちの心は広く開かれています。」Ⅱコリント6:11

コツを掴むまで

みなさん、おはようございます。
気温が低いときのサラサラの雪を見ると、「この雪でスキーをしたら気持ちいいだろうなあ」と思います。
十数年前にテレマークスキーというのを見て、やって見ようと思ったのはいいものの、コツを掴むまで苦労しました。
体重のバランスとか姿勢の作り方とか、教わったり、ビデオを観たり、本を読んだりしても理屈は分かるのですが、うまく行かずにしょっちゅう転びました。
だから最初の2年くらいは全然楽しくありませんでしたし、苦痛でもあったのです。
結局始めて3シーズン目くらいに「ああこういうことか」とコツを掴み、滑れるようになり、ようやく「楽しい」と思えるようになったのです。
信仰生活は、この「こつ」を掴む作業に似ています。みことばが教えている原則を実際の生活に当てはめるには忍耐深く、あれこれ試しながら時間をかけて取り組む必要があります。転んだり、ひっくり返ったりすることもありますが、諦めずに聖霊様の助けを頂いてこつを掴むまでねばりましょう!
「しかし、堅い食物はおとなの物であって、経験によって良い物と悪い物とを見分ける感覚を訓練された人たちの物です。」ヘブル5:14
今日は婦人会と祈祷会の日です。心を一つにして祈りが捧げられますように。

男の矜恃

みなさん、おはようございます。
昨日の話の続きです。八百長問題で存続があやうくなっているこの時期に、新弟子として相撲界に入る若者たちがいるそうです。
中学卒業、高校卒業と、若者と呼ぶにはまだまだ幼さが残る彼らは「こういう時だからこそ」という決意で入るとか。
彼らの決意が実を結ぶものとするために、大人たち、先輩たちの責任は非常に大きいですね。
厳しさという点では、キリスト教会の指導者になろうとする人々が少なくなっているのも同じです。
決して経済的、社会的に安定した仕事ではないし、老後の生活への保障もあまりなく、求められる責任は大きいです。
宣教の働きもなかなか前進しない難しい時代です。でも、あの若者たちのように、こういう時だからこそ、という志を持って立ち上がる人々が起こるようにと祈り求めて行きたいと思います。
「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫の主に、収穫のために働き手を送ってくださるように祈りなさい。」マタイ9:37-38