主の右の手

みなさん、おはようございます。
県外の多くの方から北上教会の皆さんを心配してメールを頂いています。それすら昨晩電気が回復してようやく見られた状況ですが、本当に嬉しいです。
まず、昨日までほとんどの教会員の無事が確認できました。ほとんどの方とは玄関先で顔を会わせるだけでしたし、その背後には地震で散らかった荷物が見られましたが、それでも無事な姿には安心しました。一人暮らしの皆さんもまずまず元気そうでしたし、近隣の方々の助けを頂くことができていました。
連絡のとれなかった花巻の皆さんも、今朝になってご無事との連絡をいただきました。
また、皆さんの離れた家族のこともいくらか耳に入っていますが、様子の分からない方もおられます。
****兄は勤務先の二戸におられて自宅には帰られずにいます。
****兄は金ヶ崎に戻って来ていました。
***兄は仙台で無事だったようですが町はライフラインがストップしています。
****姉は旅行中で東京にいますが、こちらも帰りの目処が立っていません。
ライフラインは次第に復旧していますが、交通網が麻痺しているので、今後食品や日用品が滞ることも懸念されます。必要が備えられるよう祈ります。
教会では水が出ると思いますので、断水している地域の方は必要に応じて水の容器を持ってきてください。
水の出る地域の方で、水を入れる容器をお貸しできるものがあれば、断水地域の方に役立つかもしれません。
今日は礼拝は行いますが、CSはお休みします。今週の婦人会、祈祷会、青年学び会はお休みとします。
昨日、連絡網でお伝えしたようにおにぎりの炊き出しをしたいと思いますので協力できる方はよろしくお願いします。
まずは各自の生活を立て直すことに注力してください。ひとりひとりのために祈っています。
教会の電話は「ひかり電話」のためまだ不通のようです。電話連絡は私の自宅か携帯にお願いします。
「主は、あなたを守る方。主は、あなたの右の手をおおう陰。」詩篇121:5

言葉にできない

みなさん、おはようございます。
婦人会の時は二人~三人一組で祈りのときを持ち、祈祷会の時はみんなが順番に祈るようにしています。
昨日、そんなお祈りの中でふと思ったことは、こうやって言葉にできる祈りもあれば、きっと一人一人の心の中にはあるけれど祈りの言葉としては出てこない願いや思いがあるのだろうなあ、ということです。
一人で祈っている時も、胸の中でもやもやっとしていて具体的な言葉にしにくい感情や漠然とした何かを感じることがあります。「何だろう」と思いながらも、うまく祈りの言葉にはならないんですね。でも、神様はきっとそういう思いも受け止めて聞いてくださっていることを思い出し、ほっとします。
「御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。」ローマ8:26

いつまでも残るもの

みなさん、おはようございます。
昨日は大きな揺れに驚きましたね。特別な被害があったかどうか分からないのですが、皆さんのところでは如何でしたでしょうか。
ああいう地震に合うたびに、私たちの暮らしている世界が、どれほど不確かなものに依存しているかと思わされます。
暮らしている土地、家はもちろんですが、私たちが頼りにしているお金や健康、気力、人脈、能力なども決して永遠に続くものではありません。
それらを大事にして、感謝して用いながらも、私たちの人生の基礎は永遠に変わることのないものの上に築かなければ、簡単にひっくりかえってしまうのだと、改めて思わされました。
「こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。」1コリント13:13
今日は午前中に婦人会、夕方からは祈祷会があります。