2026年 1月 11日 礼拝 聖書:ルカ5:12-16
今日は少し重いテーマになります。
世の中では法律的にも倫理的にも差別は良くないというふうになっていますが、これがいっこうに無くなりません。いつの時代も、どの文明でも、自分たちの共同体に変わり者が入り込むことを警戒し、少数派を排除することで全体を守るということをしてしまいがちです。たとえ、それが悪いと分かっていても、法律で禁じられているとしてもそうしてしまいます。それは、人間の罪の性質の中にある恐れが引き起こすもので、容易には取り除けません。
しかし、このことについてキリスト教が何かを言うためには、聖書の中にある差別ともとれる一つの問題についてしっかりと理解しておく必要があります。それはツァラアトの問題です。かつて、この言葉は「らい病」と訳されていました。今日、ハンセン病として知られる病気ですが、聖書にこの病気の人たちを汚れていると書いてあると誤解し続けてきたことで、迫害したり、患者の救済活動に積極的に関わりながら、差別を招いて来たという面もあります。
1.ツァラアトとは何か
イエス様は最初の弟子としてシモンたちを迎えた後も旅を続けていました。ある町に来た時、そこに全身ツァラアトに冒された人がいました。この病は場合によっては全身の皮膚が冒され、酷くなると欠損してしまうといった深刻な症状を示します。「見よ」という言葉が、町にそのような人がいたことへの驚きと、その後何が起こるか注目しなければならないことを示しています。
まずは、このツァラアトについて理解しましょう。先ほどもお話ししたとおり、この言葉はかつては「らい病」と訳されていました。この病気の患者に対する長い差別があったために差別用語となったために、ヘブル語のツァラアトをそのまま音訳してカタカナ表記にしました。その差別の一端を担って来たのが聖書に記されているツァラアトに冒された者は汚れているという記述です。
ツァラアトに関する規定はレビ記13~15に記されていますが、ツァラアトは現在、ハンセン病として知られている病気とは恐らく異なるものと考えられています。
そして、レビ記を読んでいくとこれが単に重い皮膚病というだけでなく、家の壁にできたり、衣服、革製品などにもできる場合があることが記されています。つまり、これは単一の病気の名前ではなく、感染力のある病気や症状の総称であったということです。コロナもインフルエンザも、ちょっと喉の調子が悪いのも、アレルギーで鼻水が止まらないのも一緒くたに「風邪」と言ってしまっていたのとちょっと似ています。
しかしやっかいなのは、ツァラアトに冒された人、また物は汚れていると見做され、焼却処分され、人の場合は人前に出ることや礼拝に参加することが認められなかったことです。
おそらくこれらの規定は、感染を広げないためだと思われます。実際、感染力が強く、適切な治療法がない場合は病人を隔離するとか、汚染されたものは焼却処分にするというのは今でも行われますし、数年前に経験してきました。
またツァラアトに冒された人は汚れを他人に移さないために、人前に出るときは「私は汚れている」と大声で警告しながら歩かなければなりませんでした。コロナやインフルエンザにかかったら会社や学校に報告して休まなければなりません。原理的には同じなのですが、当人としては非常に恥ずかしく、屈辱的で辛いことであったはずです。当時としてはそれが感染を広げないための現実的な対処だったと考えられます。
現代よりも対処法が限られていた昔のことですから、この律法は、感染力の強い病気や家や物にできる症状をまとめてツァラアトと呼び、汚れたものとして共同体から隔離することで全体を守る、公衆衛生の意図があったものと考えられます。
しかし、人間の罪の性質の中にある恐れが差別を生み出します。衣服にできたツァラアトは焼いて処分してしまえばいいわけですが、人間の場合そうもいかず、共同体から離れた場所に隔離され、人々の施しで生き延びるしか道がありません。その上、この病気が自然に治るということがほとんどなかったようなのです。つまり、ツァラアトに冒されたら、社会的には死んだも同然。そして病気自体がもたらす苦しみに死ぬまで耐えなければならないということで、恐れは拒否反応と差別を生み出しました。
2.いやしときよめ
さて、イエス様が訪れた町にいたその全身ツァラアトに冒された人は、イエス様が通りかかるのに気付いてイエス様の前にひれ伏して言いました。「主よ、お心一つで私をきよくすることがおできになります」
先ほども言ったとおり、ツァラアトに冒された人が人前に出るというのは、ほとんどあり得ないことでしたので、相当の勇気を振り絞って、そしてイエス様ならばこの病をいやし、きよめてくださると信じての行動だったことでしょう。彼はイエス様の言葉に権威があることを知っていた以上に、イエス様が心に思うことがすでに権威があり、力があるのだと信じていました。
彼の願いを聞いたイエス様は「お心一つで」という彼の言葉に応答するように「わたしの心だ」と言いながら手を伸ばして彼に触れ「きよくなれ」と語りかけます。すると、他の病気の時と同じように、忌まわしいツァラアトはすっかり消えて無くなりました。
ツァラアトに冒されているということは、発症してから何年か、あるいは何十年か、誰も彼に触れることはできず、触れようともせず、姿を見れば逃げだし、人がいる場所にいれば「私は汚れている」と言い続けなければならず、家族からも社会からも引き離され、拒絶されていることをいちいち痛感させられながら過ごしてきたのです。
そんな自分に対して、イエス様が事もなげに、ちょっとしたユーモアを交えるかのように「ほら、わたしの心だよ」と言いながら手を伸ばしてくださったのです。
いったいどんな気持ちでその言葉を聞き、その手の感触とぬくもりを感じ取ったことでしょうか。もしかしたら、イエス様の手の温度を感じられないほどに病状が進んでいたかも知れません。しかし、イエス様の心は伝わったはずです。そしてみるみるうちにツァラアトの症状は消え、その皮膚が健康さを取り戻すにつれ、イエス様の手の感触もはっきりと感じられるようになり、自分がすっかり癒されたことが分かりました。
そしてイエス様は驚くべきことに、14節でこのことは他言無用だとおっしゃいます。おそらく、イエス様に対する人々の期待が高まり過ぎて本来のメシアとしての役割ではない、ローマへの反逆の旗印にされたり、もっぱら病気の癒やしのためだけに人々が集まることを避けたいという気持ちがあったのだと思われます。
しかし大事なのは、この人の病気が治るだけでなく、この病がもたらした社会からの拒絶という状況を取り戻すことです。ユダヤの律法ではツァラアトが直った時に、祭司に調べてもらって宣言を受け、それから定められた捧げものをするというふうに決まっていました。それは彼が家族や地域の共同体の一員として生き直すための手順でした。イエス様は彼が体と心だけでなく、社会的にも回復することを願ったのです。
しかし、たぶん黙っていられなかったのでしょう。イエス様のうわさはますます拡がりました。そうした大衆の期待とは裏腹にイエス様はたびたび一人で荒野や寂しい場所に引きこもり、祈りの時間を持っていたとルカは記します。大勢の人をいやしつつも、いやされた人に誰にも話すなとも言い、まるで人々から遠ざかるように退いて祈るイエス様のお心には何があったのでしょうか。
3.イエス様の心とは
イエス様が「わたしの心だ」とおっしゃったのは、ツァラアトの人が「あなたのお心一つで」と言ったのに応えてのことで、私としては若干ユーモアを込めたのではないかと思いますが、ユーモア無しの、ストレートな答えであったかもしれません。
いずれにしても、ツァラアトの人にしてみれば、差しのばされた手を通してイエス様の思いやりやあわれみ、助けたいという心は間違いなく伝わったと思います。
多くの病人たちがいやされる場面でも、何らかの言葉のやりとりがあったと考えるのが自然ですが、そうした言葉のやりとりは殆ど記されません。福音書の中で、イエス様が語った言葉や本人との会話、手を置いたなどの動作が記されるのは、福音書を書いた人たちがそこに注目すべき意味を見出したからです。
皆さんは、かつてイエス様がナザレの会堂でイザヤ書を朗読し、「今日、この聖書のことばが実現しました」と宣言されたことを覚えておられるでしょうか。そのときの聖書のことば、18節の中に「虐げられている人を自由の身とし」とありました。ツァラアトの人というのは、まさに虐げられている人たちの代表のような人たちです。
ユダヤ人社会の中で共同体から排除され、町の外に追いやられたというのは、社会ののけ者になったというだけでなく、神の民とはみなされない、相応しくない者として扱われるという意味合いになっていたと思います。律法の、つまり神様のもともとの意図がたとえ医療の発達していない時代に共同体の公衆衛生を守ることにあったのだとしても、罪ある人間の中にある恐れが生み出す差別は、ツァラアトに冒された人たちを仲間から追い出すことで安心を得るようなグロテスクなものになってしまっていました。
それに対してイエス様は、約束の救いが訪れた今、主の恵みが彼らを自由の身とし、神の御国の民とするためにわたしは遣わされたのだとおっしゃったのです。
イエス様の目の前にいる人は、汚れた、触れてはいけない、忌むべき存在ではなく、主の恵みが注がれ、愛すべき、ご自分の民に加えられるべき人でした。イエス様は、彼のように社会からはじかれた人、差別されている人たちをただ可哀想だから同情を示しただけではないのです。
人間社会では、地域が、あるいは家族でさえもが、見せかけの平和や一体感を保つために誰か犠牲にしたり、敵に仕立て上げることがあります。世の中が不安定になったり経済的に弱ってくると、町の中に暮らしている外国人が標的になることはよくあります。皆と考え方が違う人、宗教が違う人など何でも理由になります。
けれどもイエス様は、神が治める神の御国では、そんなことはさせない。そんなことをしなくても神の御国には一致と平和があり、どんな人であっても御国の民として受け入れられるのだということを、あえて手を伸ばして触れ、「わたしの心だ」と語りかけることで表したのです。
イエス様は、差別が道徳的、倫理的に悪いことだから、差別されている人の味方になったというより、この人も御国に招かれていることを身をもって伝えようとしたのです。それがイエス様の心であったのです。
適用:福音は届いているか
いやされた人にとっては、イエス様の心のうちにあった神の救いのご計画までは思い至らなかったかも知れませんが、それでも、人から汚れた者として遠ざけられ、家族や社会から拒絶された自分を「わたしの心だ」と言って手を触れてくださったイエス様の愛と憐れみは十分に伝わったことでしょう。
そばでシモンがこの光景を見て、その遣り取りを聞いていたなら、少し前にイエス様の権威を目の当たりにして「私から離れてください」とひれ伏したことを思い出し、このような自分をも受け入れ、きよめてくださるのだと考えたかも知れません。
福音書を受け取ったテオフィロや初代教会にも、ローマ社会の中で虐げられた人たちがいました。その代表は奴隷の身分の人たちだったと思われます。戦争で負けて捕虜になったり、身を持ち崩して奴隷として売られた人たちです。彼らは能力があればかなりの良い待遇を得られたり、家庭教師や財産管理などを任される人もいたようですが、ほとんどの奴隷はそこまでの待遇はありません。身分の違いは歴然としており、教会の中でも蔑まれることがないわけではありませんでした。パウロ自身、何度か奴隷の所有者たちに対して、きちんと報酬を支払い、キリストにあっては兄弟として接するよう教えていますし、みすぼらしい身なりをして来た人を見かけで差別し後回しにするようなことは良くないと教えている箇所もあります。ツァラアトの規定のようなものが無かった異邦人世界でも、似たような差別や排除は決して珍しいことではありませんでした。それは今日も姿を変えて存在するのではないでしょうか。
まずは、もし私たちの中で、何かの理由で「自分は汚れている」とか「よごれている」「ひどい人間だ」と感じていたり、実際にそういう扱いを受けている、受けてきた、という人がいるなら、イエス様はあなたを愛して、「わたしの心だ」「大丈夫だから」と言って手を伸ばして優しく触れてくださっているのを思いうかべ、イエス様の恵みと慈しみの心を受け取ってください。ちゃんとあなたも癒され、きよめられます。
また私たちは、意識的に誰かを差別したり、特定のグループを排除しようとはしていないとは思います。しかし差別は無意識にでもしてしまうものですから、イエス様の心をはっきりと意識することが大事です。すべての虐げられている人、疎外されている人にも向けられているのだということをいつも思い出しましょう。
交わりの中に今まで出会ったことのないような人が来て、厄介だなあと思ったり、どこか他のところに行ってくれないかなあという考えが浮かぶときは要注意です。
あるいは思いがけない形で社会から取り残されたり、疎外されている人と出会うかもしれません。そうした人たちに接するときにイエス様の心を持っていられるでしょうか。それは私たちにとってのチャレンジです。
イエス様の心には、みこころが天で行われるように地でも、ということなので、おそらくただ出会う人たちだけでなく、教会が自ら出て行って、現代の私たちの暮らす世界で疎外されている人、虐げられている人たちに積極的に手を差し伸べることまで視野に入っていると思いますが、まずは私たちが今の生活の中で出会う人たちにイエス様の心をもって仕えることから始めたいと思います。
祈り
「天の父なる神様。
誰にも愛されず、触れられることもなく、汚れた者としてレッテルを貼られて生きて来た人が、イエス様のお心ひとつでいやされ、家族や民のもとに帰り、何よりイエス様のものとされた出来事を通して、イエス様の心について思いを巡らしてきました。
どうぞ私たちにもイエス様の憐れみと恵みを注いでください。自分の中に汚れがあると思っているなら、イエス様、私たちに手を伸ばして触れてください。
私たちにイエス様の心を与えてください。私たちが出会う人、関わる人たちにイエス様の心で接し、イエス様の恵み深さを証することができますように。
神様のご支配のあるところに恵みと慈しみがあふれることを私たちを通して教会の中でも、外でも表してください。
イエス様のお名前によって祈ります。」