積み重ねられた経験

みなさん、おはようございます。
サッカーW杯は今回もベスト8の壁を越えることができずに敗退してしまいました。でも1994年の「ドーハの悲劇」と今でも言われる、史上初の本戦出場を目前にした最後の試合でリードしていながら終了間際に同点に追いつかれ、出場を逃してしまった、あの頃から比べると確実に成長しているのは感じられました。メンバーはもちろん代わっていますが、積み重ねられた経験やさらに上を目指そうとする姿勢は受け継がれているのに感動しました。
教会の歩みも、最初から完成されたものでなく、みことばを土台に世代を繋ぎながら成長し、成熟していくものです。今私たちが不完全で迷ったり悩んだりすることも、失敗することも、次の世代の祝福のための糧となります。新型コロナのことでいろいろ悩んだり迷ったことも、青年たちがなかなか教会に来られない社会の仕組みにどう対応していけるのか迷っていることも、みことばを土台に知恵を求め、できることを一つずつ誠実になっていくなら間違いがあったとしても必ず意味のあるものになります。

“ですから、私の愛する兄弟たち。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは、自分たちの労苦が主にあって無駄でないことを知っているのですから。” 1コリント 15:58

今日は中井美喜子さんの誕生日です。祝福を祈ります。

佐々木真輝

聖書は録画を見ているよう

みなさん、おはようございます。
先日のサッカーW杯対スペイン戦の録画を見ました。テレビの中継で見るのはスタジアムで応援しながら見るときの熱狂は少なくなります。ましてや録画したものを、すでに結果を知った上で見るとなるとワクワク度合いもずいぶん下がります。一方すでにゴールの場面や守備の重要な場面も耳に入っていたので、全体の流れが良く分かりました。
結果や大事な場面を分かった上でサッカーの試合をビデオで見るのは聖書を読むのに似ているなと思いました。イエス様によってもたらされた救いやそのためにイエス様が何をしてくれたか分かっていますし、そこに至るまでの大きな物語の重要なポイントも知っていると、聖書全体の流れとメッセージが把握しやすくなるのです。しかも、再生停止、巻き戻しが自由自在なように、何度も立ち止まったり、読み返したりできます。その時代に生きた人たちには分からなかったことがちゃんと分かるのもの有り難いことです。

“神は昔、預言者たちによって、多くの部分に分け、多くの方法で先祖たちに語られましたが、この終わりの時には、御子にあって私たちに語られました。神は御子を万物の相続者と定め、御子によって世界を造られました。” ヘブル 1:1-2

今日は菊池千代子さんの誕生日です。祝福を祈ります。
アドベント第二週の礼拝ですが、コイノニアの時間にはクリスマスカードへのメッセージ書きをします。

佐々木真輝

2022-12-04 約束されたお方

2022年 12月 4日 礼拝 聖書:マタイ1:17-25

 今日から三回にわたって、三つの福音書の冒頭から、それぞれの福音書がイエス様の降誕をどのように描いているのか、それは何を意味しているのか味わっていきたいと思います。今日はマタイの福音書ですが、婚約者マリヤが聖霊によって身重になったことを知ったヨセフが思い悩むという有名なエピソードの前に、長い系図が記されています。マタイは、イエス様の誕生が神の約束の成就であることに注目します。

先週、国道107号線の土砂崩れで通行止めになっていた箇所に迂回する橋が完成し、1年7ヶ月ぶりに通れるようになったというニュースがありました。ずっとお休みしていた道の駅も営業再開してそうで、もう食べられないのかと諦めていたダムカレーもそのうち食べに行けるのではないかと期待しています。もちろん、シオン錦秋湖に行くのも楽になります。

これは仮設の橋で、本格的な復旧はトンネルを通す計画だそうです。まだ先の事でしょうが、こうやって計画が一つずつ前進し、いずれ完成すると期待が持てるのはいいこと、希望のあることです。続きを読む →

普通の人たちの証言

みなさん、おはようございます。
昨日の朝、SNSやニュースには「スペインに逆転勝利」という言葉があふれていました。私は朝早く(4:00)に起きて試合を見てしまったら、寝不足のまま一日を乗り切る自身がなかったので、ビデオで予約録画して寝てしまいました。ですので、実際には試合を全然見ていないのですが、これだけ多くの人たちが、喜びや興奮とともにその場面を見た!と言っているのですから疑いようもないことです。
イエス様がよみがえられた救い主だということも、そんな証言によって伝えられました。実際にはイエス様に会ったことも、復活の場面を見たことのない人たちも信じて神の民に加えられていきました。それは今も同じで、イエス様によって人生が変えられた多くの人たちを見て、それなら聖書を読んで見ようとか、学んでみようということになるのだと思います。特別な人たち、専門家だけでなく、普通のクリスチャンたちの生きた証しがとても大事なのです。

“そしてイエスは、ご自分が、生きている者と死んだ者のさばき主として神が定めた方であることを、人々に宣べ伝え、証しするように、私たちに命じられました。”

佐々木真輝

明日に架ける橋

みなさん、おはようございます。
土砂崩れのために長い間通行止めになっていた錦秋湖に向かう国道で工事していた架設の橋が昨日開通したそうです。土砂崩れしたあたり迂回し、キャンプ場のわりと近くを通って、また国道に戻るルートだそうです。これに伴い、お休みしていた道の駅も再会したとか。道が開けると物事が動きますね。
「橋」と聞くと『明日に架ける橋(Bridge Over Troubled Water)』という名曲を思い出します。歌の内容は人生の困難に直面した友人に「僕が架け橋のように、荒波を乗り越えていく助けになろう」と語りかけるものです。クリスチャンが聞く(読む)と、イエス様が語りかける言葉のようにも聞こえて、いろいろな気持ちがわき上がってきます。

“ひとりのみどりごが私たちのために生まれる。
ひとりの男の子が私たちに与えられる。
主権はその肩にあり、
その名は「不思議な助言者、力ある神、
永遠の父、平和の君」と呼ばれる。” イザヤ 9:6

今日は婦人会と祈祷会があります。

佐々木真輝

そろそろ雪

みなさん、おはようございます。
雪が降らないまま11月が過ぎてしまうなんて珍しいなと思いますが、もしかしたら今夜遅くに雪になるかも、という天気予報。あまりに降らないと「まだ大丈夫かな」なんて気が緩んでしまいますが、季節は間違いなく冬に入っていますから、油断しているとしっぺ返しがありますね。
イエス様も人々に「天気を見分けられるのに、どうして時のしるしは見分けられないのか・見分けようとしないのかと問われました。主の約束の時が来て救い主がおいでになったことを受け入れない人たちへの非難の言葉ですが、私たちはどうでしょう。今日、この日もイエス様がともにいてくださることを信じて、そのように生きているでしょうか。

“偽善者たちよ。あなたがたは地と空の様子を見分けることを知っていながら、どうして今の時代を見分けようとしないのですか。”ルカ 12:56

佐々木真輝

アドベント

みなさん、おはようございます。
今日からクリスマスに備えるアドベントの期間に入ります。皆さんお気づきでしょうが、アドベントは毎年ちょっとずつタイミングが違います。今年はたぶん一番早くアドベントが始まる年だと思いますが、12月に入ってからアドベントになる年もあります。アドベントがいつ始まるか、ちゃんと決まった数え方があってカトリックの神父や教会暦を重視する伝統のグループの人ならすぐ分かるのだと思いますが、私はネットで調べます(数年前までは、かなり前に作った二〇年分くらいの自作の「予定表」に頼っていました)。
ところでアドベントになにをするのでしょうか。かつては断食と悔い改めの祈りを捧げたり、洗礼のための備えの期間とされていました。また、この期間に飾るものや色を定めてもいました。そうした伝統を大切にするのも悪くはないと思いますが、私たちの救いと豊かさのために貧しくなられたイエス様を信じる者として、それに倣う生き方をしているか自己吟味するのが相応しいのかもしれませんね。

“キリストは、神の御姿であられるのに、神としてのあり方を捨てられないとは考えず、ご自分を空しくして、しもべの姿をとり、人間と同じようになられました。人としての姿をもって現れ、自らを低くして、死にまで、それも十字架の死にまで従われました。” ピリピ 2:6-8

今日は*****さんの誕生日です。祝福を祈ります。
今日の礼拝後にクリスマスの飾り付けをします。私は午後から大船渡に向かいます。

佐々木真輝

2022-11-27 すべてを変えた十字架

2022年 11月 27日 礼拝 聖書:コリント第二 5:17-21

 手紙を書くのにはいろいろな理由があります。感謝を伝える、思いを伝える、お願いする、意見をする、思い出を綴る。パウロにもコリント教会に手紙を送る理由がありました。

先週まで見ていた第一の手紙はパウロがコリント教会を建て上げてから他の街へと働きの場を移した後で、コリント教会に問題が起こっていると報告を受けたことから手紙を書く必要が生じました。

この第二の手紙は、その後のコリント教会の反応を見てもう一度書く必要を覚えたために記したものです。続きを読む →

印象は当てにならない

みなさん、おはようございます。
私は「第一印象は結構あたる」と考えるのですが、必ずしもそうとは言えないことがあるのも事実です。一昨日の夜、サッカーワールドカップの日本代表とドイツとの対戦を見ていました。あまり興味のない奥さんとは別の部屋で、小さなテレビで見ていました。実をいうと、今の代表監督とチームにはあまりよい印象が持てず、期待していませんでした。厳しいグループなので下手したら全敗かも、と思っていたのです。少なくとも優勝候補のドイツには勝てないだろうなと。しかし、サッカーファンでなくても逆転勝利のニュースを目にしたことでしょう。あの監督、こんな采配もするんだ、と驚いたりもしました。
とにかく印象があてにならないことがあるのは確かです。特に人を評価する際には、見た目や第一印象に頼らず、ちゃんとその人自身を見るようにしなければいけないし、すべてを知っているわけではないという謙虚さも忘れてはいけません。自分だってそんなふうに表面的な印象だけで評価されたら、やっぱり嫌ですしね。

“主はサムエルに言われた。「彼の容貌や背の高さを見てはならない。わたしは彼を退けている。人が見るようには見ないからだ。人はうわべを見るが、主は心を見る。」” 第一サムエル 16:7

佐々木真輝

油断大敵

みなさん、おはようございます。
今週はなかなか朝メールを書けずにいました。月曜日に久しぶりに家族みんなの休みが合い、タイヤ交換がてら娘のところを訪ねることができました。昨シーズン、娘の車から異音がするということで修理工場に持ち込んだら、実はタイヤのナットが緩んでいたためだったことが分かりヒヤっとしたことがあったので、今回は交換した後、念入りに二回確認しました。
何度も経験したことは慣れによって熟練していく面と、油断が生まれて失敗する可能性が増えていくリスクがあります。人生の様々な面にも、そして信仰にも同じことが言えます。

“目を覚ましていなさい。堅く信仰に立ちなさい。雄々しく、強くありなさい。” 1コリント 16:13

月曜日に娘と会った後で、新型コロナの陽性反応が出たとの知らせがあり、念のため今日は婦人会と祈祷会をお休みします。娘も含め誰も症状は出ていません。

佐々木真輝