聞き逃し配信

みなさん、おはようございます。
日曜日に宣伝させてもらった、リレー・フォー・ライフきたかみのラジオ番組は、毎週月曜午後2時20分から、いいあんべFM(88.8MHz)で聴けます。昨日は、放送が終わってから「何時からでしたっけ」「どの放送局でしたか」といった問い合わせがありました。もちろん仕事中で聴けなかったという人もきっと多いですね(あと、ラジオ持っていないとか)。そういう人のために、YouTubeで配信をしています(「きたかみリレホラヂオ」で検索してみてください)。
今ではテレビもラジオも、それぞれ放送後にネットで「見逃し配信」「聞き逃し配信」があるのはあたりまえになりました。便利でいいんですが、たぶん作り手側の人は、本番の放送の時に見てもらいたい・聞いてもらいたいという気持ちは強いんじゃないかと思います。神様のことばも、聞き逃した場合にはまた聞くチャンスはあると思うのですが、ほんとは語られた時が聞くべき時なんです。聖書を通して神様が私たちの心に語りかけている時には、聞き逃さないで全集中で聞きましょう。

“まことに 主は私たちの神。
私たちは その牧場の民 その御手の羊。
今日 もし御声を聞くなら
あなたがたの心を頑なにしてはならない。” 詩篇 95:7-8

今日は市内牧師会があります。

里芋さえ入っていれば

みなさん、おはようございます。
昨日、家内が里芋をいただいてきました(しかも皮をむいてあるやつ!)。さっそく我が家では定番の「山形風」の芋煮にしていました。実はちょっと前に私も「岩手風」のを作りました。仙台の神学校時代、学校の行事でこの時期、芋煮会がありました。仙台なので味噌味ですが、山形から来ている先生もいたので山形の牛肉・醤油味のも作られ、食べ比べをしながら、どっちが良いかと楽しい言い合いがありました。他の地域にも、それぞれの風土に合った具材と味付けのものがありますが、里芋さえ入っていれば立派な「芋の子汁」ということには違いありません。
イエス様の福音を里芋に喩えるのはどうかと思いますが、同じイエス様を信じ、その良い知らせさえしっかり入っていれば、どんな文化、どんな伝統の中にあったとしても、それはキリスト教であり、クリスチャンです。好みや馴染んでいるかどうか、ということはありますが、多様な姿をしているもの。今日もいろんな人たちがあって、ともに中心にあるべきイエス様を礼拝し、新しい週を始めます。お一人お一人に祝福がありますように。

“そこには、ギリシア人もユダヤ人もなく、割礼のある者もない者も、未開の人も、スキタイ人も、奴隷も自由人もありません。キリストがすべてであり、すべてのうちにおられるのです。” コロサイ3:11

今日の午後は墓園の草刈&掃除、ゲストハウスの掃除があります。できるだけご協力をお願いします。

佐々木真輝

汚染水

みなさん、おはようございます。
震災の時の原発事故によってどんどんたまり続けている汚染水が、ついに薄めたうえで海に流されることになるようです。やっぱりこうなったかと残念な思いです。現実的にはそれくらいしか解決方法がないのは分かるのですが、それだけに、この大きすぎる事故について責任を負うべき人たちが誰も責任を取っていないことに何とも言えない苦い思いが湧いてきます。もちろん、ひとり二人の個人が服役したり地位を追われたりすることで何かが回復するわけではありません。
私たち人間がすることは時々、自分でも負いきれないほどのものを引き起こしてしまうのです。だから傲慢にならず謙虚であるべきですし、間違いがあったら潔く認め、悔い改めることが必要なのです。そのどれもができていない時には、本当の解決には何一つ向かっていないのだと自戒したいと思います。

“あなたのしもべを 傲慢から守ってください。
それらが私を支配しないようにしてください。
そのとき私は 大きな背きから解き放たれて
全き者となるでしょう。” 詩篇 19:13

佐々木真輝