変化への抵抗

みなさん、おはようございます。
昨日は久しぶりに顔と顔を合わせて、ネットワークのコアミーティングでした。震災後に被災地支援のために始めたこの働きも、9年になろうとしていて、当然状況は大きく変わりました。そして、ネットワークのあり方も変化が必要な時期に来ています。しかし、実際に変えて行こうとすると様々な不安や自分たちの中に抵抗感も起こってくるのを感じます。それでも何とか道筋を見つけさせていただき、これなら進んでいけるかも、という感触を得て話し合いを終えることができてよかったです。
社会において、またどんな組織でも(教会でも)、受け継ぐべき理念や伝統と変えて行くべき事柄をきちんと分けて行くのは簡単ではありませんし、長くその中にいれば自分自身が頑固なだけの伝統主義者や守旧派になってしまう危険があります。変えるべき理由よりも、変えるのが難しいという言い訳のほうを見つけやすくもあります。組織だけでなく、個人的な生活でも同じ課題がありますね。

“幸いなことよ、いつも恐れる心を持つ人は。
しかし、心を頑なにする者はわざいわいに陥る。” 箴言 28:14

今日はいつものように婦人会と祈祷会があります。

佐々木真輝

お宝発見

みなさん、おはようございます。
昨日までの休暇を終え、今日から日常に戻ります。休暇中、家内の実家で数日過ごしましたが、その時、亡き義父が持っていたネクタイピンやらカフスボタンやらを持っていかないかと言われ、箱の中を漁っていたら「お宝」を発見。義父が自衛隊の時に受けた階級章や徽章(きしょう)です。死後に授与された勲章とは別に、たくさん取ってあったのです。それ自体はネットオークションで数百円で取引されている程度ですが、よく見れば、その人がどんな経歴を持ち、部隊の中でどんな活躍があったかがわかります。その小さな金属のバッヂやカラフルな布自体に価値があるから大事にしているというより、働きが認められたり、貢献が認められたことのしるし、まさに生きたことのあかしだからかもしれません。
そんなのを見ながら、天の御国で用意されている「報い」とか「冠」と言われているものも、もしかしたらそういう意味合いが大きいのかもしれないなあと思いました。天国に行ったら、何か足りないものや不自由がある訳ではないのです。むしろ、神様が私たちのこの地上での歩みの中で忠実に頑張ったこと、忍耐して労苦したこと、戦って守り抜いたことを一つ一つちゃんと見ていてくださり、知っていて、認めてくださっていたということを知って感激するのではないだろうかと、妄想していました。

“あとは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。その日には、正しいさばき主である主が、それを私に授けてくださいます。私だけでなく、主の現れを慕い求めている人には、だれにでも授けてくださるのです。” テモテ第二 4:8

休暇中、お誕生日を迎えた方が何人かおられました。****さん、*****さん、*****さん、****さん、それぞれ遅ればせながら祝福をお祈りします。
今日は、盛岡で3.11いわて教会ネットワークのコアミーティングがあります。

佐々木真輝

思い出の功罪

みなさん、おはようございます。
先日、パソコンの中のあるデータを探していたら、娘が小学生の頃のビデオが出て来ました。懐かしくてちょっと見始めたら、何を探していたのか忘れて見入ってしまいました。
良い思い出は暖かい気持ちにさせ、心を豊かにします。けれども、現実逃避の材料になると思い出は歪んだかたちで記憶されるようになり、苦い記憶であるなら現在の感情にさえ悪影響を及ぼします。だからこそ、神様は昔のことにとらわれず、今共にいてくださる神様、たえず新しいことをなさる神様に望みを置くようにと言っておられるのかもしれません。

“先のことに心を留めるな。昔のことに目を留めるな。
見よ、わたしは新しいことを行う。今、それが芽生えている。”イザヤ 43:18-19

今日は牧師会があります(今日は夫婦同伴の日です)。
明日から休暇をいただきますので、朝メールもしばしお休みです。

佐々木真輝