小さな傷

みなさん、おはようございます。
昨日、車の点検に行って来ました。14万キロ近く走っているのですが、まだ元気そうです(自分の体と同じで要注意のパーツはあります)。点検後、なじみの整備士の方がフロントガラスに傷があるようだと教えてくれました。跳ねた小石がぶつかってできた傷のようですが、表面だけなので、今のところ問題ないとのことです。ただ、冬は外気温と曇り止めのためにガラスを温めるため、温度差でちょっとしたヒビが一気に拡がることがあるので、注意しておく方が良いとのアドバイス。ついでにフロントガラスの構造や取りつけ方についていろいろと豆知識を教えてもらいました。ありがたい。
小さな傷が思いもしなかったような大きな災いや痛みを招くことがあるのは、私たちの心や信仰の歩みも同じですね。なかなか自分では気づかなかったり、気づいても軽く見て見過ごしたりしてしまうことがあるものです。

“私のうちに 傷のついた道があるかないかを見て
私をとこしえの道に導いてください。” 詩篇 139:24

今日は*****さんの誕生日です。祝福を祈ります。

佐々木真輝

2021-12-05 死の陰、希望の光

2021年 12月5 日 礼拝 聖書:イザヤ9:1-7

 先日、教会でもクリスマスの飾り付けをしました。夜、外から見た教会の玄関にはクリスマスツリーとささやかなイルミネーションがなかなか綺麗に見えます。

最近のLEDは性能が良いので、日中でも光っているのがよく分かります。でも夜になればますますはっきり見えますし、きれいさもだいぶ違います。教会の存在とクリスマスをアピールするためにも夜の間もつけています。

しかし、残念ながらイエス・キリストというこの世界に与えられた光は、必ずしもすべての人にはっきり見えるようではないみたいです。続きを読む →

似せられていく

みなさん、おはようございます。
たまにテレビでやる「ものまね」の番組をついつい見てしまいます。真剣に声や歌い方を研究して練習を重ねて本物に限りなく近い歌を聞かせてくれる人たちがいる一方、顔の一部がちょっとだけ似ているなんて人たちも出てきます。中でも気になっているのが、すでに解散した某アイドル・グループのそっくりさんたち。はじめは顔が似ている(実はそんなでもない)だけだったのに、そのうちグループで歌うようになりました。はっきり言って聞いてられないくらいへたくそだったんですが、何度も番組に出ているうちにちょっとずつ上達していることが分かり、それもまた面白く見ています。
ところで、私たちもキリストに似た者とされつつある者です。誰も私たちを見てイエス様と見間違えることはないでしょうし、生き方としてもイエス様そっくりとはなかなかなりません。でも「キリストに似た者」として歩み続けるなら、はじめはへたくそでも、だんだん上手になって、名実共にキリストに似た者となっていくに違いありません。

“愛する者たち、私たちは今すでに神の子どもです。やがてどのようになるのか、まだ明らかにされていません。しかし、私たちは、キリストが現れたときに、キリストに似た者になることは知っています。キリストをありのままに見るからです。” 1ヨハネ 3:2

今日は*****さんの誕生日です。祝福をお祈りいたします。

佐々木真輝

適切な時に

みなさん、おはようございます。
やろうやろうと思って、なかなか出来なかったことに、昨日ようやく取りかかれました。伸びすぎた庭木(コニファー類)の丈を詰めようというわけです。午前中は薬をもらうのとインフルエンザの予防接種があったので、午後からやりました。春先の方が良いんじゃないかと教えてくれる人もいましたが、まあ、仕方がありません。木の種類によって剪定に適した時期があるらしいので、本来はそれに従ったほうが良いですね。我が家の木はどうなるかな。
神様は私たちの「枝払い」をする時には、ちゃんとその後の成長に益するタイミングを見計らってくださるのではないかと思います。というのも神様の目的はただスッキリさせるためではなく、実を結ばせるためだからです。

“わたしの枝で実を結ばないものはすべて、父がそれを取り除き、実を結ぶものはすべて、もっと多く実を結ぶように、刈り込みをなさいます。” ヨハネ福 15:2

佐々木真輝

勝つための条件

みなさん、おはようございます。
土曜の夜、プロ野球の日本一を決める七連戦の第6試合が行われました。5時間以上という非常に長い試合となりましたが、両チームとも気迫のこもった戦いで、本当に素晴らしかった。結果はひいきのチームが20年ぶりの日本一になりました。個人的には嬉しい結果ですが、それにしても勝つっていうのはほんとうに大変なことだなあと思いました。
どんな勝利も一人で勝ち取るものではありません。野球やラグビー、サッカーのようなチームで戦う時はもちろん、個人で戦うスポーツでもチームやスタッフのサポートがありますし、チームワークが求められます。私たちクリスチャンも「勝利する」と約束されていますが、主イエス様の圧倒的な勝利があったとしても、私たちが日々の生活の中で勝利を味わっていくためには、個人プレーだけでなく、仲間(兄弟姉妹)の助けや応援が必要で、チームワーク(一致)が必要です。

“しかし、神に感謝します。神は、私たちの主イエス・キリストによって、私たちに勝利を与えてくださいました。” 1コリント 15:57

今日は礼拝のあとでクリスマスの飾り付けがあります(私は午後大船渡に行きます)。

佐々木真輝

2021-11-28 乾いた牧場

2021年 11月 28日 アドベント礼拝 聖書:アモス 1:1-2

 今日からクリスマスに備えるアドベントの期間に入りました。

クリスマスの物語に欠かせない登場人物に羊飼いがいます。ベツレヘムの郊外で野宿をしていた羊飼いたちが、救い主が生まれたという知らせと、御使いの大軍勢の賛美を目撃し、その言葉を確かめるためにベツレヘムの馬小屋に走ったのです。

羊飼いが救い主誕生の知らせの最初の受け手になったことには大切な意味がありますが、今日開いているアモス書も、そんな羊飼いが神の民への大切な知らせを受け取りました。続きを読む →

いやされますように

みなさん、おはようございます。
出かけようと思い玄関の外に出ると、上下ともジャージ姿の娘が自転車に乗ってちょうど家に帰って来たところでした。そして学校であったいやな事について話し始めたのですが、自分が子どもの頃に経験した嫌な思い出と重なってしまい、話しは聞いていたけれど、いたたまれない気持ちになってしまい、心から受け止めてあげられず、上手く答えられませんでした。そこにたまたま宅急便のトラックが来たので、なんだか「助かった」という気分になったことに、これまた自己嫌悪に陥ってしまう。という夢を見ました。
妙にリアルでしたが、実際にその出来事があったわけではありません。でも、似たようなことはしたかも知れないし、他の場面で、他の人に対してそうしてしまったことはあるなあと思いました。私たちは互いに助け合ったり、励まし合ったりするように教えられていますが、自分自身が癒されるべき何かを抱えながら生きています。自分自身の心の癒しを祈り求めていく必要がありますね。

“私は申し上げます。
「主よ あわれんでください。
私のたましいを癒やしてください。
私はあなたの前に罪ある者ですから。」” 詩篇 41:4

今日は*****さんの誕生日です。祝福をお祈りいたします。

働くこと

みなさん、おはようございます。
昨日は勤労感謝の日だったのですね。働いている人たちに感謝し、働けることに感謝します。聖書で労働について最初に記しているのは天地創造の物語の中です。神様が人を創造されたときに、神様の造られた美しい世界を治める(管理し、より良くする)ようにと託してくださいました。労働は罪のゆえの罰ではないし、食べていくために仕方なくするだけのものでもなく、様々な形や立場で神様のご用のために務めることなのです。給料や報酬が出る出ないは関係ありません。人知れず静かに祈ることや自分の健康を回復することに集中することが大事な仕事になる時もあります。
働いている人に感謝したり、働けることに感謝するだけでなく、私たちにこの世界をより良いものにするように、あるいは回復やいやしのために任せてくださった神様に感謝する日にしたいですね。

“あなたの御手のわざを人に治めさせ
万物を彼の足の下に置かれました。” 詩篇 8:6

佐々木真輝

それぞれの美しさ

みなさん、おはようございます。
日曜日の礼拝のあと今年の大掃除を済ませることができました(今年は最低限でした)。来週からアドベントが始まるのですが、クリスマスの飾り付けは来週の日曜日にすることにしました。その代わりということではありませんが、午後に「お花の会」が開かれました。お花に触れながら、交わりの時をという願いで開催しましたが、参加された皆さんは基本的なお花の扱い方や飾りかたを教えていただき、悩みながらも楽しそうに飾っていました。同じ素材を使い、扱い方の基本を守りながらも、ちゃんとそれぞれの個性が出ているのはとても興味深く、それぞれが素晴らしかったです。
私たちクリスチャンも、基本とする信仰や教えは同じですし、同じ人間ですけど、ちゃんとそれぞれの個性があります。どんなに多様な考え、表現、性質があっても一緒に守るべき基本はあります。多様性はただバラバラなことではなく、共通した一つの信仰、原則の上で表現された芸術のようです。

“さて、賜物はいろいろありますが、与える方は同じ御霊です。” 1コリント 12:4

佐々木真輝

2021-11-21 主の名を呼び求める者は

2021年 月 日 礼拝 聖書:ヨエル2:25-32

 「温故知新」という言葉があります。「古きをたずねて新しきを知る」という論語に由来する言葉ですが、それ自体、大分古い言葉ですね。古い知恵や過去の経験を学び直して新しい視点、新しい知恵を得るということは、情報化時代の現代でも大事なことです。

ヨエル書は温故知新を地で行くような書物で、おそらくエズラやネヘミヤの時代に活躍した預言者です。ヨエルは過去の預言者たちの書物に精通していて、それらの預言のことばを自在に引用しています。そうやって彼の時代や後の時代のために、今置かれている状況を正しく見て、正しい応答をすることができるようにとこの書を書くよう主に導かれました。続きを読む →