友として

みなさん、おはようございます。
昨日は急きょ午後からお休みをいただき、入院中の友人のお見舞いに行かせていただきました。とくに家内にとっては大切な友人ですので、ほとんどは彼女たちがしゃべっているのを側で聞いたり、売店に行って飲み物とか氷なんかを買って来るだけでしたが、若い頃のたわいもない話をしたり、ささいな事で笑い合ったりしてあっという間に時が過ぎて行きました。牧師として病室を訪ねることが多いのですが、「友人として」訪ねることができたのは、私たちにとっても良かったです。
牧師だからできること、家族だから出来る事、友だから出来る事、職業上の役割があるから出来る事、そして自分だけに出来ること。一人の人が生き抜くために、多くの方々のそれぞれの立場や役割からの支えがあるものです。そう、私もそうやって支えられているのだと、関わってくださる方々を覚え、またそのような人たちを備えてくださった神様の恵みに心から感謝しました。

“友はどんなときにも愛するもの。
兄弟は苦難を分け合うために生まれる。” 箴言17:17

佐々木真輝

開花宣言

みなさん、おはようございます。
昨日、北上市でも桜の開花宣言が出されたそうです。あくまで標準木についての話なので、すでに咲いているものもあれば、まだ蕾のままのものもあります。桜自体も種類が様々で、もともと開花時期に違いもあります。それでも「やっと桜の季節だ」と思っちゃいます。「宣言」には私たちを勇気づけたり、確信を与えたり、心を定めたりする力があるように感じます。人のする宣言には時々間違いや怪しい時はあるのですが、それでも宣言には堂々とした、揺るぎなさを感じます。
聖書にも神様のことばが、宣言の形でいくつも残されています。あなたは赦されている、という宣言や、主はよみがえられた!とか、あるいは様々な約束が力強く語られるとき、本当に勇気づけられます。

“イエスは彼に言われた。「まことに、あなたに言います。あなたは今日、わたしとともにパラダイスにいます。」” マタイ23:42

今日は婦人会と祈祷会があります。

佐々木真輝

祈りの場

みなさん、おはようございます。
パリのノートルダム大聖堂が火事で倒壊してしまったことを、ショッキングな映像とともに知りました。教会のいのちが会堂にあるわけではないとしても、そこが有名な観光地になっていようが、紛れもなく祈りの場でもあり、革命や戦火をくぐり、破壊と修復を経ながらも、人々が集って祈り、礼拝を捧げ、また戦争やテロ、災害のために苦難の中にある人々を覚えて祈りが捧げられてきた場所です。
多額の募金や国際的支援がニュースの中心になっていたようですが、燃える聖堂を見守るパリの人々の口から自然に賛美が拡がる様子がテレビから流れて来たのを見ていると、その賛美と祈りのうちに既に再建が始まっているようにも見えました。

“このとき、人々はこう言うだろう。『あの荒れ果てていた地はエデンの園のようになった。廃墟となり、荒れ果て、破壊されていた町々も城壁が築かれ、人が住むようになった』と。” エゼキエル36:35

佐々木真輝