2026年 2月 15日 礼拝 聖書:ルカ6:1-16
クリスチャンであるどうかを問わずに信仰生活を、ある種の規則に従う生活だと誤解していることがあります。仏門に入ることは、生ものや四つ足のものを食べず、規則正しい生活と修行を受けることというイメージを持つように、クリスチャンになることはあれを守り、これを守り、具体的にはよく分からなくても、何かしらルールに縛られた堅苦しい生活だと思っている人が多いのではないでしょうか。クリスチャンになっても、そのようなイメージを持ち続ける人はいます。
確かに聖書には様々な命令が書かれていますが、それらは私たちの生活を縛る規則のリストではありません。それらの教えの意図を正しく受け取らず守るべき規則のリストとして受け取ってしまうと、ルールを守っているかどうかで安心したり、人をさばいてしまったりします。
聖書の教えが本来の意図とは違った使われ方をすることで、救われるべき人が救われなかったり、得られるはずの恵みより、周りの人たちからの批判や軽蔑が向けられることが残念ながらあります。
今日は二つの安息日の出来事をきっかけに起こったイエス様とパリサイ人たちの論争を通して、イエス様が私たちに何を与えようとしておられるのか、また聖書が私たちに示す教えは何を意図しているのかをご一緒に考えてみましょう。続きを読む →