半熟玉子を上手く作るには

みなさん、おはようございます。
わりと得意なほうの料理(と言えるでしょうか)に半熟のゆで卵があります。程よい半熟具合にするには温度と時間が大事ですが、見栄え良く仕上げるために黄身がバランスよく中央に収まるようにしなければなりません。そうすると食感も良くなります。
黄身が真ん中に来るようにするには特別なことはなく、茹でている最中に転がしてやることです。特に茹で始めのころが肝心です。終わりころに転がしてもすでに白身が固まっていてどうしようもありません。
さて、私たちもバランスは大切です。多少とんがっていたり、不恰好なところがあると人間らしくて良い味になりますが、基本はバランスが大事です。このバランスも、ゆで卵よろしく様々な経験の中で転がされ、異なる面を見せられたりしながら形作られて行きます。そう考えると、どうして良いかわからずにもがいたり、ひっくり返されたりする経験は実感している以上に大切なことだと気付かされます。それは神様の御手に中でのことなのですから。

「あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。」箴言3:6

今日は坂***さんの誕生日です。祝福をお祈りします。

佐々木真輝

一夜明ければ

みなさん、おはようございます。
このところ順調に雪解けが進んでしました。もっとも、今シーズンはそれほど降ってはいませんでしたが。けれど、昨日一日降っていた雨が、いつの間にか雪に変わり、一夜明ければ再び雪景色です。暖冬とはいえまだ2月ですからね。
どんなに順調のように思えても、ものごとがいつまでも望み通り、目論見通りに進むことはありません。私たちの願いが常に最善とは限りません。何より神様の造られたこの世界も完全な救いを待ち望んでいる、ほころびや痛みのある世界なのです。私たちがイエス様にあって救われたとはいっても、あらゆる意味で途上なのです。けれども今の季節が確かに本物の春に向かっているように、完成の望み、この先にあるものに望みを置いて歩みます。

「私たちは、この望みによって救われているのです。目に見える望みは、望みではありません。だれでも目で見ていることを、どうしてさらに望むでしょう。」ローマ8:24

佐々木真輝

プールが苦手だったわけ

みなさん、おはようございます。
昨日、あるテレビ番組で寒冷アレルギーが取り上げられていて、子供の頃を思い出しました。寒さだけでなく急激に体温が低下すると全身に蕁麻疹ができるので、夏でも雨に濡れたり、プールに入るとよく出ました。
赤く腫れて痒くなる症状の辛さもありますが、友達に見られる恥ずかしさもあって、プールはなんとなく苦手になりました。当時の学校では、そうしたことへの配慮はほとんどありませんでしたし、結果的に水泳はずっと苦手なままでした。
人目を気にするような恥かしさというのは人の心を縛り、縮こまらせ、視野を狭め、世界を小さくしてしまうものです。
神様の聖さや愛の深さの前でも、私たちは恥ずかしさを覚えます。足りなさ、弱さを思い知らされるにです。しかしそのような恥かしさの場合、神様は、悔い改めとへりくだりへと導き、私たちから罪とともに恥を取り除き、解放し、大きく扉を開いてくださいます。

「主は、人中で私の恥を取り除こうと心にかけられ、今、私をこのようにしてくださいました。 」ルカ1:25

今日の婦人会はNさん宅で行います。乗り合わせて向かいますので、10:20までに教会にお集まりください。祈祷会はいつも通りです。

佐々木真輝