そば近くへ

みなさん、おはようございます。
人間を犬にたとえるのはかなり失礼なことです。でも、ワンコたちを見ていると癒されたり笑わされたりするだけでなく、いろいろと教えられたり、気づかされることがあります。
朝起きた瞬間から、夜、寝る直前まで、すきあらば「遊んで」とねだるように絡んできます。呼べば大急ぎで走って来ます。なかなか疲れるまで遊んであげることは出来ませんが、そういう時は近くで丸くなったり、こちらの動きを目で追いかけます。とにかく側に居たがります。それはもうしつこいくらいに(笑)。それがワンコなりの、飼い主に対する親愛の表し方なんでしょうね。
愛することは、そば近くいることを求め、関わりを求めます。神様も私たちを愛し、そば近くおいでくださり、私たちの関わろうとします。自分勝手な私たちは、そのような愛を求めつつも、時にはウザいと敬遠したりします。それでも神様は私たちが近づいて来るのを喜び、今日も待っていてくださいます。

「愛する方の声。ご覧、あの方が来られます。山々をとび越え、丘々の上をはねて。」雅歌2:8

佐々木真輝

しあわせに生きるため

みなさん、おはようございます。
バプテスマの準備のためにYさんとの学びを続けていますが、ここ最近は十戒をやってきました。ご存知の通り、十戒はそのほとんどが「〜してはならない」という禁止命令になっています。一通り学びを終えた後でYさんに感想を聞いたら「私たちのしあわせにために与えられた原則のようなものだと思った」とおっしゃいました。そう、そうなんです。私たちから自由を奪ったり、戒律を守ったらご褒美として幸福が与えられる・欲しいものや願いが叶えられる、というのではなく、この戒めを守る生き方の中に幸せがあるのです。
神様を神様として畏れ敬い、ちゃんと働き、ちゃんと休み、両親との健全な関係、隣人の命、所有権が尊重され、結婚関係が尊ばれ、真実な言葉が交わされ、人と比べず与えられたもので満足をすることを覚える。そうすれば、どれほどの人生の悩みや、この社会の様々な問題が解決することでしょうか。それを実現できない私たちの罪深さも明らかにはなりますが、神様の教えを単なる理想論と言わず、幸せであるための原則として受け止めて生きたいと思わされます。

「きょう、私が命じておいた主のおきてと命令とを守りなさい。あなたも、あなたの後の子孫も、しあわせになり、あなたの神、主が永久にあなたに与えようとしておられる地で、あなたが長く生き続けるためである。」申命記4:40

佐々木真輝

雪と格闘するのは

みなさん、おはようございます。
今年は雪が少なくてだいぶ楽だなあと思いきや、やっぱり冬は冬です。この時期にして少し湿った重めの雪で、これまで降らなかった分、上乗せしているかのようですらあります。かつて暮らしていた豪雪地帯でのことを思えば、全然大したことがないはずなのですが、実際にはそう簡単ではありません。年齢もだいぶ若かったし、今では比較的雪の少ない生活に慣れてしまってもいます。ちょっとしたコツや知識は役立ちますが、かつてのように長時間雪と格闘するのはかなりしんどいです。
過去にどんなに大きな試練を乗り越えたとしても、新たな状況の中で経験する試練が、小さなものであっても大きくつまずく原因になり得ます。状況の違い、肉体的な衰えや変化、気持ちのゆるみ。いろいろな面が影響します。経験は大事です。過去の経験そのものや経験から来る自信ではなく、その経験の中で得た知恵、特に、試練を乗り越えさせてくださった神様ご自身に信頼することが大事です。

「正しい者の救いは、主から来る。 苦難のときの彼らのとりでは主である。」詩篇37:39

佐々木真輝