出会いのしるし

みなさん、おはようございます。
今日の講壇のお花は、Mさんが生けて下さいました。自転車で日本一周していると聞いた時はどんな人だろうと思いましたが、冬の間、北上に滞在し、その間、ともに礼拝をささげ続け、良い交わりが与えられたことは本当に感謝なことでした。
間もなく春になるので、北上を離れるということでしたので、学生時代に習っていたお花の腕前(と言う野かな?)をふるっていただき、礼拝の場を飾ってもらうことになったわけです。昨日の午後教会にいらして、春らしい様々な花を若々しく生けくださいました。ぜひ今日、教会にいらしたとき、ぜひご覧になってください。Mさんにとっても、私たちにとっても記念になりました。これは神様が与えてくださった出会いのしるしと言えますね。
「地上では旅人」を地で行くその生き方はなかなか興味深く、きっと世界は違って見えるのだろうなあと思ったり、できるだけ身軽であろうとする姿に学ぶところがあったり、あんまり大変なルートは通らないという無理のなさにちょっと共感したり。私たちの友となってくださったMさんを通して元気や励ましをいただけたことは神様の大きな恵みに違いありません。

「香油と香料は心を喜ばせ、友の慰めはたましいを力づける。」箴言 27:9

佐々木真輝

ブロックリスト

みなさん、おはようございます。
ここ数日、届かなければならないメールが相手に届いていなかった、ということが続きました。何かのあんばいで相手も知らないうちにブロックリストに入ってしまったようでした。若干面倒な手続きをしなければならないようですが、わかって良かったです。届くはずのメッセージが届かず、相手を困らせたり不安にさせてしまいました。他にも連絡方法はあるので大問題というほどではありませんが、とにかく不便ではありました。
私たちの祈りが神様のブロックリストに載ることはないので、私たちの祈りはちゃんと届いています。全て願いが叶えられるという意味ではありませんが、祈りは聞かれています。問題は私たちの方です。耳が痛いような内容や触れられたくない課題について聖書を通して神様が語られる時、私たちは半分無意識のうちに聞き流したり、わざと気をそらして無視を決め込んだりします。けれど、そうやって実際に困るのは、私たち自身です。神様に対してはどんなブロックリストも作ってはならず、すへての語りかけにちゃんと耳を傾けるべきです。

「あなたがたは、私が、きょう、あなたがたを戒めるこのすべてのことばを心に納めなさい。 …」申命記32:46

佐々木真輝

喜びも悲しみも

みなさん、おはようございます。
6年前の今日、東京旅行中に被災した娘が17日ぶりに自宅に戻って来ました。そんな細かな日付を覚えていたわけではなく、SNSに過去の出来事を教えてくれる機能があるおかげで思い出したのです。
当時は新幹線が止まっていましたし、ガソリン不足でしたので車で迎えに行くことも叶わず、花巻空港着の臨時便が羽田から出たことで何とか帰って来られました。チケットもあっという間に売り切れて、ほんとにヒヤヒヤしました。空港で出迎えた時にはさすがにホッとし、涙ぐみ再会を喜びました。しかしまた同じ日に家内の親戚一家が伯母さん一人を残して亡くなったことが分かったとの知らせもあり、複雑な感情の日だったことを思い出します。
家族であれば、喜びも哀しみも、安心も不安も共有します。それは間違いなく大きな励まし、慰めです。しかし神の家族である私たちには、そうした互いへの共感に加えて、キリストにある希望と救い神への祈りがあります。

「喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい。」ローマ12:15

今日は午前中にAさんの手術があります。すべてが守られるようお祈りしましょう。

佐々木真輝