2021-01-24 悲劇から喜びへ

2021年 1月 24日 礼拝 聖書:ルツ記1:15-18

 水曜日の深夜に電話があり、***さんが亡くなったことを知った時、ほんとうに驚き、半分信じられない思いでした。確かに、昨年の秋頃から、今までのような元気さがちょっとないなあと思う事はあっても、重大な病気があったわけでもなく、先週の日曜日もいつものように教会に来ていましたし、暖かくなればまた前のようになるかな、なんて簡単に考えていました。とにかく足元が悪いこの季節、転んだりしないでさえいてくれれば、と思っていましたし、本人も十分気をつけていました。

しかし、別れは突然やって来ました。**さんも気づいた時にはもう手遅れだったそうですから、どれほどショックだったことでしょうか。

イギリスの作家、CSルイスは、中年になってから結婚した若い奥さんを骨髄癌で失い、激しい悲しみと絶望的な喪失を通って、ようやくたどり着いた真理として、悲しみは愛することの一部だと書きました。

悲しみも喪失も、私たちがこの世界で経験する喜びや愛することの一部分です。それがあるから、この瞬間の喜びや、今誰かを愛し、愛されることがどれほど素晴らしい贈り物であるか気づかされます。今日は悲しみの中でもがき、最後に慰めを得た人々の物語、ルツ記を取り上げます。

1.よくある悲劇

ルツ記は四章からなる短い物語です。この書の名前にもなっているルツという女性。それから彼女の姑であるナオミ。そして後にルツを妻とするボアズが主要な登場人物です。

ルツ記のはじめに「さばきつかさが治めていたころ」とあります。前回学んだ士師記の時代だということがわかります。つまり、王がなく皆が好き勝手に自分が良いと思うことをする時代。人々の神への信仰は落ちぶれ、契約は破られ、道徳的にもどんどん悪くなり、周囲の民族の攻撃にさらされ戦争、犯罪、暴力、道徳的堕落がこれ以上ないというくらいに酷くなっていた時代です。

ルツ記はそんな殺伐とした世界に開いた美しい花のようです。しかしこの家族が経験した苦難、悲劇はそうした時代状況を考えると、この物語に出てくる悲劇は決して珍しくなかったように思えます。社会が悪くなり、飢饉が訪れ、家が没落していく。外国に逃げる、一家の働き手が失われる。現代でも、戦争や経済の低迷、社会の混乱の中で、巻き添えを食うように、そうした悲劇が、残念ながらよく起こります。

飢饉のため食糧を求めてエリメレク一家が先祖代々の土地と国を離れ、モアブ人の地に移り住みました。モアブ人といえば、神様が彼らの真似をしてはいけないと厳しく命じられたカナンの部族の一つです。いわば敵であるわけですが、背に腹は代えられません。

ところが、夫エリメレクが死んで、妻のナオミと二人の息子たちだけが遺されました。彼らはモアブで生きて行くと腹を決め、二人の息子は地元のモアブ人の女性とそれぞれ結婚しました。

しかし、この二人の息子たちも、子どもが出来る前に次々と死んでしまい、残ったのはナオミと二人の外国人の嫁たちだけです。

社会保障なんてものはない時代です。ナオミは二人のモアブ人の嫁とともに故郷のベツレヘムに帰ることにしましたが、途中でモアブ人の二人の嫁が、敵地であるユダヤ人の国で生きて行くことの大変さを思い、あなたがたは実家に帰って再婚して幸せになりなさいと説得します。弟嫁のオルパは泣く泣く承諾し、モアブの家に帰って行きます。しかし兄嫁のルツはがんとして聞きません。あなたが行くところに私も行きます。あなたの神は私の神、あなたの民は私の民。覚悟は立派ですが、周りの人たちがそう簡単に受け入れてくれるとは思えませんでした。しかしついて行くの一点張りのルツにそれ以上何も言わず、ベツレヘムに連れ帰ります。ナオミが自分の不幸を嘆き、生きる気力もなくしている中、ルツは落ち穂拾いという、貧しい者に許された権利を用いて生計を支えます。麦の収穫の時に取りこぼされた麦の穂を集めてそれを食糧にするという惨めで厳しい役割を買って出ます。

このとき出会ったのがボアズです。ボアズはナオミの夫であったエリメレクと親戚関係にあります。そして、彼にはエリメレクの土地を買い戻す権利がありました。

ナオミはこの出会いは神の導きかもしれないと俄然元気になります。ルツにいろいろと知恵を授け、これがどういう結末になるか見て見ようと言います。やがてボアズは土地を買い戻す決心をし、ルツを妻として迎えます。二人の間に生まれた子のひ孫がダビデ王になって行くのです。たぶん一気に読めると思いますので。ご自分で読んで見てください。

2.ルツの誠実さ

ナオミとルツの家族に降りかかった悲劇が、その時代状況の中ではよくある悲劇だったのに、この物語を特別なものにしているのは、何と言ってもモアブ人の嫁、ルツの誠実さです。

神様はイスラエルの民に、モアブ人を追い出し、彼らの真似をしてはならんと命じました。それはモアブ人のおぞましい宗教のためです。

彼らは農作物の豊作と利益をもたらすモレクという神を信じていました。牛の頭をかたどったモレク神には人間の赤ん坊が生け贄として捧げられました。生きたまま焼き殺して捧げるため、その泣き声をかき消すためにシンバルや太鼓、ラッパですさまじい音が鳴り響いたと言い伝えられています。

そのようなおぞましい宗教を持つモアブ人は、イスラエルの民にとって敵であり、その影響は排除されなければならなかったわけです。ところが現実には交流もありました。度々、イスラエルの民がモアブ人の風習を真似して神様の怒りを買うといようなこともあった程です。しかしナオミの息子のところに嫁いで来たモアブ人ルツは、彼らを生活する中で、彼らの信じる聖書の神を自分の神として信じるようになりました。この神様を信頼し、そして姑に誠実を尽くそうと決意したのです。

当時、イスラエルの民が信仰的にも非常によろしくない状態であったにも関わらず、それでもモアブ人のルツには良い影響を与えていたことに驚きます。酷い時代であっても、誠実に神を信頼し、その教えに従うことで神の愛と義を表す人たちもいたのです。

夫に先立たれたルツにとって、ナオミについて行く義務はありませんでした。外国人のやもめが生きて行くのは簡単なことではないのです。弟嫁のオルパが家に帰ったのは、冷たい女だからでも、不信仰だからでもなく、むしろ当然の選択です。

それでもルツは、同じ神を信じる者としてナオミと共に生きることを選びました。

ベツレヘムに帰ったナオミとルツですが、ルツは落ち穂拾いを始めました。

落ち穂拾いは貧しい者に認められた正当な権利ですが、それが当たり前に出来ることは現実的には難しいことでした意地悪をする者、嫌がらせをする者がいましたし、外国人の女が来たとなれば、それはもっと酷くなることは簡単に想像できます。しかも、時代が悪い。現代でも生活保護や様々な障がい者年金の交付を受けるのは当たり前の権利なのに、けっこうハードルが高いです。またその権利を用いる人たちに対する風当たりも強いです。惨めさを感じたり、嫌がらせを受けたりすることは残念ながら実際にあるわけです。それでもルツはナオミと自分のために、その惨めな仕事を引き受けました。

そんなルツが落ち穂拾いのために向かった畑が、たまたまボアズという人の畑でした。ボアズはナオミの亡き夫エリメレクの親戚に当たります。ボアズもモアブ人ルツのうわさは聞いていました。彼女の誠実さに心打たれたボアズは、畑で作業している使用人たちに、彼女を助けるよう命じます。そしてルツに他の畑にいかないでここにいなさい。そうすればいじめられたりすることはないからと親切にしてあげます。

3.ボアズの誠実さ

ルツの誠実さと対をなすのがボアズの誠実さです。

ボアズは落ち穂拾いに来たルツを助けたということは、彼が律法が定めている貧しい者の権利を守れという教えに誠実に従っていたということを示しています。

ルツはどうしてボアズが親切にしてくれるか不思議でしたが、ボアズ自身の言葉が2:11~12にあります。その中で彼はこう言います。「主があなたのしたことに報いてくださるように。あなたがその翼の下に身を避けようとして来たイスラエルの神、主から、豊かな報いがあるように。」

神様のことなんか忘れて好き勝手に生きる人たちが多かった時代に、それでもボアズは神の前に誠実に生きようとする人だったのです。周りの不誠実さや不信仰、自分勝手さにながされたりしないで、より良く生きようとする人たちがいたというのは、この時代の救いです。

ルツが家に帰ると、思いがけないほどの麦を抱えて来たことにナオミは驚きます。なにしろ、ボアズは作業員たちに、ルツのためにわざと麦の穂を落とすよう命じたのです。

ナオミはいったい何があったのかと不思議で、いきさつを聞き、また驚きました。2:20を読んで見ましょう。ボアズは買い戻しという権利を持っている人でした。

買い戻しというのは当時のイスラエルの民の土地に関する習慣でした。イスラエルの民にとって土地は神から与えられたもので、貧しさのために土地を手放すことになっても、いつかはその土地を買い戻さなければならないとされていました。しかし、なかなか貧しさから抜け出せない時のために、親類など血縁関係にある人が代わりに買い戻して、その家の名誉を守る義務と権利があったのです。

ボアズはそういう親族の一人だったのです。しかしエリメレクの土地にはもう一つ難しい問題がついていました。跡取りがおらず、ナオミとモアブ人のルツがいたわけです。このような場合、イスラエルではもう一つの決まり事が発生します。子を遺さずに死んだ場合、遺されたやもめを妻とし、その間に生まれた子どもを死んだ者の跡取りにするという義務です。この二つがあったために、エリメレクの土地がどうなるか、ナオミとルツの暮らしがどうなっていくかは、権利を持つ人たちの気持ち一つでした。

ナオミとしたら、こんな親切で誠実なボアズが買い戻してくれたら素晴らしいと思えましたが、彼がモアブ人のルツを妻として受け入れてくれるか分かりません。それで祭の日の夜にこっそりボアズの部屋に忍び込んで、ボアズの気持ちを確かめるようルツに知恵を授けます。

夜目を覚ましたボアズは足元にルツがいるのにビックリしましたが、事情を察したボアズは、ルツを迎える決意を伝えます。そして、自分より権利の強い親戚と交渉をすることにしました。

始めもう一人の親戚は、じゃあ私が買い戻しますと宣言します。しかしボアズはすかさず、その権利を行使するためにはモアブ人の娘をめとらなければならないと言うと、彼は「じゃあいいです」と辞退します。そうして、めでたくルツはボアズの妻となり、悲しいに打ちひしがれて故郷に帰って来たナオミは可愛い孫を抱いて慰めを得ることができたのでした。

適用 日々の暮らしの中で

ボアズとルツの間に生まれた子、オベデは後の王、ダビデの祖父にあたります。ルツ記の大きな役割は、ダビデ王が誕生する背景を描くこと、神様の救いのご計画が士師の時代のような混乱した時代の中でも静かに、しかし確実の前進していたことを教えることにあると思います。しかもそれが、こんな酷い時代でも神に信頼し誠実に生きようとした普通の人たちを通して果たされていたということが最大の特徴です。

ルツ記には、神様が「○○と言われた」とか「○○された」というようなことは殆ど出て来ません。オベデが生まれる時に、主がルツを身籠もらせたとあるくらいです。あとは、主に信頼する人たちが「主が祝福してくださるように」「主が報いてくださるように」「主が○○してくださるように」というように、ナオミたちの信仰や願いとして語られるくらいです。

このことは、私たちの生活で神様がどう働かれるかということについて大事なことを教えてくれます。

私たちは預言者ではないですし、旧約時代のカリスマ的な指導者や、教会が始まった頃の使徒たちのようでもないです。神様の声を直接聞くようなことも、奇跡を引き起こすようなことはまずありません。可能性がないわけではないですが、ほとんどありません。私たちはナオミやルツのように、普通の暮らしをし、神様が何か良いことをなしてくださるに違いないと信じて、できるだけ誠実に生きようとする者です。

しかし、神様は、偉大な人物たちを通してだけでなく、こういう普通の人たちを悲劇の中にあっても導き、喜びを与えてくださいます。そればかりか、そうした日常生活の中での喜び、良きことを通して、私たちが思う以上の素晴らしい働きをしてくださるのです。

ボアズもルツも、自分たちの子孫からイスラエルの王が出るなんて思ってもいませんでしたし、さらにその子孫として救い主がお生まれになることなんて全く想像もつかないことです。

しかし、確かに異邦人であるモアブ人ルツの誠実な信仰と人柄を通して、神様は悲しみの中に打ちひしがれていたナオミを慰め、二人の生活を支えてくださっただけでなく、私たちの救いのための備えとしてくださったことがはっきり分かります。

ルツにもボアズにも、別の選択をする機会が何度もありました。しかし彼らは、その時々に置かれた状況の中で神様に信頼し、人に対して誠実であろうとして選んで来ました。それが彼らに慰めと喜びをもたらし、神様のより大きな働きの一場面を任されることになったのです。

だから、私たちは日々の暮らしの中で、神様に信頼し、家族や周りの人に誠実であることを大切にしましょう。どんなに小さなことであっても侮ってはなりません。そして苦難や悲しみの中にあるなら、ナオミやルツの信仰と行動を思い出しましょう。嘆きながらでも神様に信頼して進んだ先に幸せがありました。

世の中の身勝手さや混乱に、正しく生きようとすることに疲れを覚えたり、どうでもいいやという誘惑にかられるとき、ボアズの誠実さを思い出しましょう。周りのいい加減さを言い訳にせず、みことばの教えに従うものを神様がどれほど祝福してくださったか。

ルツ記は、神様が、そんな誠実に生きようとする普通の人たちを慰め、悲劇の中にあっても、その生活のただ中で働き、さらに大きなみわざをなしてくださる方だということを表しています。

祈り

「天の父なる神様。

ルツ記を通して、あなたがどれほど普通の暮らしをしている私たちのことを覚えていてくださり、悲しみの時も導き、慰め、喜びへと向かわせてくださるかを知ることができました。また、私たちが想像する以上に、私たちの日常生活の小さなことが、神様の大きな働きに用いられるか、驚きとともに学ぶことができました。

どうか、私たちが、自分の生活の一つ一つのことについて、神様に信頼し、誠実に行い続けることができるように助けてください。たとえ周りの世界がそうではないとしても、私たちがそれを理由に不誠実で不信仰な生き方をしてしまうことがないように守ってください。

ことに、悲しみや悩みの中にある方々を顧みてくださり、ナオミとルツにお与えくださった恵みと慰めを、注いでくださいますように。

イエス・キリストの御名によって祈ります。」

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