確信と固執

みなさん、おはようございます。
今日は第四主日ですので、いつもなら午後に大船渡の教会に行くはずなのですが、ここのところの県内の(そして市内の)感染拡大の状況を踏まえて、キャンセルすることにしました。こういう判断をしなければならない時がまだ続くのかと思うとちょっと憂鬱な気持ちになりますが、やれることをできるだけちゃんとやる、というこれまで言って来たことを続けるしかありません。
こういう判断が「正しい」のかどうか、いつも難しいと思います。もしかしたら「科学的に」とか「合理的に」考えたら、恐れるほどのリスクはないのかもしれません。しかし、物事は科学的な面だけでなく、情緒的なことも考慮しなければなりませんので、「不安」を取り除く、教会の周囲の方々に配慮する、ということも含めて考えなければなりません。どちらか一方の視点だけだと、他人の行動が「不合理」「無駄」に見えたり、逆に「非常識」「自分勝手」に見えてしまったりします。自分なりの正しさの確信を持つのは大事ですが、そこに固執することは別問題だとわきまえないといけないですね。

“あなたは正しすぎてはならない。
自分を知恵のありすぎる者としてはならない。
なぜ、あなたは自分を滅ぼそうとするのか。” 伝道 7:16

佐々木真輝

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