人のゴミを拾う

みなさん、おはようございます。
日地域のゴミ当番だったとき、集積所に回収されないペットボトルや空き缶の入った袋がそのままになっていました。地域の決まりでは、ルール違反で回収されなかったゴミは当番の人が責任をもって処分するということになっています。仕方がないので家の資源ゴミと一緒に処分しました。他人が責任を負わなければならない問題を代わりに負ってしまうことを「他人のゴミを拾う」とたとえることがあります。そんなことを考えながら「なんだかなあ」と悶々とした気分でいました。
一方で、聖書は私たちに一人で負いきれない重荷、一人で背負うべきではないほどの大きな荷物は一人に背負わせず、一緒に負い合うようにと教えています。そうすることは正しいことであり、聖書の精神を全うすることになります。問題は、一人で負うべきか、誰かに助けてもらうべきか区別が時々分からなくなることかも知れません。そういうときは自分だけで悩まず、誰かに聞いてみることです(ゴミの分別の仕方も聞いてくれればいいのに…)。

“互いの重荷を負い合いなさい。そうすれば、キリストの律法を成就することになります。” ガラテヤ 6:2

佐々木真輝

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