受難日に

みなさん、おはようございます。
昨日の聖書日課の箇所が最後の晩餐の箇所でした。パンと杯を分け合うことを教えた箇所ですが、それらは私たちの罪のための十字架での苦しみと、新しい契約のために流される血を意味しています。しばしば、この記念の時に「悔い改め」をもって望むよう教えられますが、もっと大切なことは感謝と喜びをもって主のなさったことを思い出し、受け取ることです。私たちはすでに赦しの中にあり、新しい契約の中にあって、新しく生きる者とされているのです。
今日は受難日です。どういう心持ちで過ごすのが相応しいのか、いろいろな考え方がありますし、いつもと同じように職場に向かって仕事に集中しなければならない人も多いことでしょう。深く考えたり、静まって過ごすことは難しいかもしれませんが、今日という日に生きていられるのは、イエス・キリストの十字架の苦難と復活によることなのだと、謙虚な心で過ごしたいと思わされます。

“キリストは自ら十字架の上で、私たちの罪をその身に負われた。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるため。その打ち傷のゆえに、あなたがたは癒やされた。” 1ペテロ 2:24

佐々木真輝

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