さえぎるものが取り壊されて

みなさん、おはようございます。
毎日、教会と自宅を往復するときに、移転した病院の跡地の前を通ります。少し前に完全に取り壊され、隣接していた薬局跡も取り壊されました。毎日少しずつ建物が取り壊されていくにつれて、病院の影に隠れていた民家などが見えるようになりました。きっと見張らしが良くなった反面、「見られる」ことも多くなったことでしょう。何しろ、私のような者まで「あんな家があったのか」とか「あの建物後ろはこうなってたのか」なんて見ているわけですから。
気持ちの上でも、自分を隠していたものが取り払われると、やはり見張らしが良くなる面と、無防備になった感じの両面があります。アダムとエバを覆うために神様が動物の革で服を作って覆ってくださった恵み深さを覚えます。神様は私たちの魂の隠されたところに光を当てるだけでなく、覆ってもくださることを感謝します。

“主は ご自分の羽であなたをおおい
あなたは その翼の下に身を避ける。
主の真実は大盾 また砦。” 詩篇 91:4

佐々木真輝

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