新年度に期待すること

みなさん、おはようございます。
昨日、岩手世の光協力会の総会がオンラインで行われました。この手の会議はすっかりオンラインが当たり前になり、これはコロナが終わっても続きそうな予感がしています。それはともかく、今年の計画についても話し合われたのですが、10月に予定している「世の光の集い」についても日程は決めたものの、リアル開催ができるか、今の状況では何とも言えないということでした。抗原検査をしながらでもキャンプなどのようにすでに泊まりがけのイベントも行われていますが、それぞれの教会の事情も違いますし、集まる年代とか、細かなところを考えていくと「難しい」という判断をせざるを得ないこともあります。
でも「集まる」ことがどれほど大事で、またそれをどれほど欲しているかはもう明らかで、世の中の流れも止まらないのでしょう。教会としても間もなく新年度を迎えます。この状況の中でイベント開催の是非だけに心を奪われず、この二年間で傷付いたり、弱ったりした私たちの心や交わりを主がいやし、回復してくださることに期待したいと思います。

“そのとき、あなたの光が暁のように輝き出て、
あなたの回復は速やかに起こる。
あなたの義はあなたの前を進み、
主の栄光があなたのしんがりとなる。” イザヤ 58:8

2022年度の主題聖句になります。今日の午後は大船渡に向かいます。

佐々木真輝

2022-03-27 互いに愛し合うように

2022年 3月 27日 礼拝 聖書:ヨハネ15:12-17

 今日は信仰を告白することが私たちの人生にとってどういう意味があるのかをご一緒に考えていきます。

自分の立場を明かすことは、自分の生き方との整合性が問われることです。

この春から高校生になる人もいますが、私が高校生になったとき、担任の先生や生活指導の先生から口をすっぱくして言われたことは、うちの高校生であることを自覚しなさいということでした。いろいろと問題の多い時代でしたので、生徒が学校の外でいろいろしでかすことがあります。するとだいたい制服をみれば「ああ、あそこの高校だな」ということで分かりますから、学校の評判にすぐにつながります。制服を着ていなくても高校生くらいだと分かりますから「学校はどこだ」と聞かれるわけです。続きを読む →

1000人のハーモニー

みなさん、おはようございます。
テレビの企画で人気のシンガーソングライターと千人の18歳の若者たちがリモートでつないで合唱をし、ひとつのステージを作り上げるという番組を観ました。技術的にどうやっているのかと興味を持って見始めたのですが、18歳という子どもと大人の狭間という年代に加え、コロナ禍という特殊な状況で青春時代の様々な経験を奪われてしまった様々な感情を吐露する参加者たちの言葉や表情に引き込まれていきました。1000人の声と感情が重なってうまれるハーモニーと歌い手の歌声が一つになる感動にこちらの心も揺り動かされました。
私たちは礼拝やその他の機会に声を合わせて賛美することがよくありますが、天国に行ったときにはあらゆる民族、言語の人たちが声を合わせて主を賛美するのだそうです。それはどれほど感動するだろうとかと想像します。それは、一人一人の感謝や労苦、慰め、喜びなど様々な思いが重ね合わさったすごいものになるに違いありません。

“また私は、天と地と地の下と海にいるすべての造られたもの、それらの中にあるすべてのものがこう言うのを聞いた。
「御座に着いておられる方と子羊に、
賛美と誉れと栄光と力が
世々限りなくあるように。」” 黙示録 5:13

今日は婦人会と祈祷会があります。午後からは神学校の理事会です。

佐々木真輝

ライフライン

みなさん、おはようございます。
先日の地震の影響でいくつもの発電所が止まってしまったことと、冬に戻ったような寒さのせいで、関東だけでなく東北でも大規模な停電が起こる可能性があると聞いてだいぶ心配しました。医療機関は自家発電があるので大丈夫だとしても、自宅で医療機器や介護機器を使っている方々にとっては非常に心配なことです。一般の家庭でも、まだ寒いこの時期に停電してしまうと厳しいですよね。皆さんのところはいかがだったでしょうか。
ライフラインとはよく言ったもので、電気がないと生活も仕事も本当に困ります。いのちに関わることにもなります。けれども、もっとも重要なライフラインは神様とのつながりです。それは霊的な健康や生死を左右するものです。ただ困ったことに霊的なライフラインがとまったことにはすぐには気づかないことがあります。電気が切れればすぐ暗くなり、暖房が止まって寒くなるのはすぐ感じられますが、神様とのつながりが弱くなったことの影響に気づくのは遅れがちです。だから余計に気を配っていなければなりません。

“わたしにとどまりなさい。わたしもあなたがたの中にとどまります。枝がぶどうの木にとどまっていなければ、自分では実を結ぶことができないのと同じように、あなたがたもわたしにとどまっていなければ、実を結ぶことはできません。” ヨハネ福 15:4

佐々木真輝

助けられなかったけど

みなさん、おはようございます。
昨日、友人が訪ねて来たのですが、お昼は河川敷のキャンプ場でデイキャンプをしようということになりました。いつものところです。ほとんど雪は解けていましたが、一部日陰のところに雪が残っています。そこに年配のご夫婦が乗った軽自動車が乗り上げており、何とか脱出しようとしています。さっそく友人たちと車を降り、脱出を手伝おうとしましたが、あいにく完全に乗り上げ駆動するタイヤが浮き上がっている状態です。車にスコップでも積んでいれば助けになったのですが、手で掻き出せる雪なんてたかがしれています。「近くに実家があるから助けを呼んでくるから大丈夫。ありがとうございました」ということでしたので、あとはお任せしてその場を離れました。帰りに通ったらちゃんと脱出しているようでしたので安心しました。
人助けをしたいと思っても、ほとんど役に立たないことがあります。それでも関わってみることで、自分には出来ないことを誰かがやってくれて、問題が解決するのを見届けることができることがあります。関心を持たなければ気づくことのない物語に気づき、嬉しくなったり、心が温かくなったりします。出来るか出来ないか、必要なスコップを持っている・いないに関わらず、まずは駆け寄ってみるということが大事なのではないでしょうか。

“愛は寛容であり、愛は親切です。…” 1コリント 13:4

今日は*****さんの誕生日です。祝福を祈ります。

佐々木真輝

重い雪は春の雪

みなさん、おはようございます。
この間の地震の後は春の吹雪。昨日の朝は外に出てみると思いのほか雪が積もっていました。しかも「重い」。冬の間も、ちょっと湿度が高い時には重い雪になりますが、昨日のは明らかに水分が尋常ではない多さの、春先特有の雪でした。教会の玄関前と歩道のところだけでもと除雪をし始めましたが、重さで腰を痛めそう。ご近所の方とも「重いねえ」と言い合ってました。早くもタイヤ交換してしまった方もおられたようですが大丈夫だったでしょうか。
確実に春が近づくといってもスムーズにやって来るのではなく、三寒四暖なんって言うように、行きつ戻りつしながらですし、時にはその戻り具合が厳しい時もあります。天の御国を目指す旅も、決してスムーズではなく、時には予想外の厳しさが待ち受けていることもあります。それでも確かに春は近づいています。そして御国の完成も近づいています。

“行って、『天の御国が近づいた』と宣べ伝えなさい。” マタイ 10:7

今日は愛餐礼拝(夕拝)があります。

佐々木真輝

2022-03-20 私の弱さを知ってなお

2022年 3月 20日 礼拝 聖書:ヘブル4:14-16

 イエス様が私たちの罪のために死なれ、よみがえり、天に帰られたことは、皆さんよくご存じのことと思います。ではイエス様は今、天で何をしておられるのでしょうか。イエス様は再び地上に来られると約束していますから、出番を待っているのでしょうか。オリンピックの選手が自分の出番を待つ間、体を温め、動きを頭の中でシミュレーションし、自分のことに集中するように、この世界の終わりにご自分が果たす役割のことを考えているのでしょうか。

新約聖書を読んでいくと、地上での働きを終えて天に帰った後も、私たちのために働き続けておられる事が分かります。そのことをヘブル書では特に「大祭司」という言い方で表しています。続きを読む →

ささやかな幸せ

みなさん、おはようございます。
昨日は結婚記念日でしたので、夕方、お花を頼んでいた馴染みのお花屋さんに行って来ました。小さな店内を眺めると、花だけでなく様々な花器も並んでいます。どう考えても地震で落ちちゃうんじゃないかと気になって「どうでした?」とお店の方に聞いてみました。「朝早めに来て、あれとあれは落ちてるだろうな、まずは片付けからかなと覚悟して、そおっとお店に入ったら何も落ちてなくてびっくりしました」とのこと。お店が守られたことで、私も頼んでいたお花を無事に受け取ることができました。
私たちの生活の中でのささやかな幸せは、実にたくさんの奇跡や会ったこともない人たちの努力で成り立っています。時には海の向こうの貧しい人たちの過酷な犠牲によって私たちの暮らしの一部が支えられていたりもします。今ある小さな喜びを感謝して受け取りたいと思います。神様の恵みと、多くの人々のがんばりに感謝しながら。そして私たちも誰かの役にたっていることを覚えながら、働いたり、祈ったり、捧げたりしましょう。

“実に神は、すべての人間に富と財を与えてこれを楽しむことを許し、各自が受ける分を受けて自分の労苦を喜ぶようにされた。これこそが神の賜物である。” 伝道 5:19

佐々木真輝

主が守ってくださるように

みなさん、おはようございます。
昨日の揺れは久しぶりに大きくて驚きました。私はお風呂に入っているところで、しかもシャンプー後の泡を流しているところでした。一回目の揺れには気づかず、二回目の揺れが来た後でスマホの警報が鳴り出しましたが、「この状態で電気が止まったり水道が止まったら泡だらけで大変だ!」と大急ぎで流し、流し終わったところでボイラーの安全装置が働いてお湯が止まりました(すぐにリセットできましたけど)。教会のほうはこれから向かって確認します。皆様はご無事でしょうか。すぐに国内だけでなく、アメリカやフィリピンからも安否確認のメールが届き、祈られていることに感謝しました。
しばらく心拍数の高い状態が続いていたのを自覚していました。30分以上たってもまだドキドキしていました。3.11から間もないこともあって余計に気持ちまで揺さぶられました。震災のトラウマをかかえている人にとっては辛い夜だったことでしょう。どうか皆さんご無事で。そして主の平安がお一人お一人の魂を守ってくださいますように。

“私のたましいをお守りください。
私は神を恐れる者です。
あなたのしもべをお救いください。
あなたは私の神。
私はあなたに信頼します。” 詩篇 86:2

今日は婦人会と祈祷会があります。

佐々木真輝

我が家

みなさん、おはようございます。
「隔離生活」を終えて昨日、一週間ぶりに我が家に帰りました。天国にもっと素晴らしいところが備えられているとしても、この地上にいる限り、「我が家」と言えるところに帰れられるのは有り難いことです。最近特に目に付く災害や戦争で我が家を失う人たちだけでなく、この社会の中にはDVや虐待によって家が安心できる場ではなくなっている人たちが常に一定程度おられることを思います。
天国の希望はとても大事ですし、あらゆる逆境を乗り越える力を与えてもくれますが、それでもそうした人たちが安心して暮らせる場がなくても良いという話しにはなりません。今、教会では戦争で避難生活を送っている方々のための支援を募っています。これもまた私たちにできることの一つです。

“わたしの好む断食とはこれではないか。
悪の束縛を解き、くびきの縄目をほどき、
虐げられた者たちを自由の身とし、
すべてのくびきを砕くことではないか。
飢えた者にあなたのパンを分け与え、
家のない貧しい人々を家に入れ、
裸の人を見てこれに着せ、
あなたの肉親を顧みることではないか。” イザヤ 58:6-7

今日予定していた山形行きはオンラインに変更になりました。
ですので、明日の婦人会と祈祷会はいつも通りできます。

佐々木真輝