居場所

みなさん、おはようございます。
昨日はポーランドでウクライナ避難民の支援活動をして来られたハンガーゼロのスタッフの方の報告をお聞きしました。一時的な避難であって欲しいけれど、子どもの教育や将来を考えると帰るよりは行った先で暮らしを築いたほうが良いかもしれないと葛藤する若いお母さんのお話が印象的でした。震災・原発事故で避難した方々の葛藤や歩みと重なります。いのちさえあればとも言いますが、安心して暮らせる場を突然奪われることは本当に大きなことです。他人が軽くどうこう言える話しではありません。ウクライナ避難民のための国際的な動きは速かったですが、同じように生きる場を奪われた民族は他にもあり、十分な援助があるとは言えていないのには心が痛みます。
聖書は異邦人に厳しいというイメージを持つ人もいるかもしれませんが、普段の暮らしの中では様々な事情で寄留している外国人に対して同胞と同じように親切にし、愛するようにと命じています。誰でも安心できる自分の居場所を必要としており、私たちは恵みによって神の民としての居場所が与えられているのですから。

“あなたがたとともにいる寄留者は、あなたがたにとって、自分たちの国で生まれた一人のようにしなければならない。あなたはその人を自分自身のように愛さなければならない。あなたがたも、かつてエジプトの地では寄留の民だったからである。わたしはあなたがたの神、主である。” レビ記 19:34

今日は朝、全キ災の世話人会があり、午後は*さんの納骨式です。お祈りください。

佐々木真輝

2022-04-10 三度の否定

2022年 4月 10日 礼拝 聖書:ルカ22:54-62

 今関わっている人たちには知られたくない過去の失敗、やらかし経験を「黒歴史」と言うことがあります。歴史的な忌まわしい記憶だけでなく、個人の人生にも、忘れたいこと、人に知られたくないこと、なかったことにしたい経験というものはあります。必ずしも自分の引き起こしたことだけでなく、酷い目にあわされたこともあるでしょう。

今日開いている箇所には使徒ペテロにとっての黒歴史とも言える有名な出来事が描かれます。印象的な出来事で、人によってはペテロと聞けばこの箇所を思い出す人がいるかもしれません。続きを読む →

孤立させることより

みなさん、おはようございます。
戦争はもちろんのこと、いじめや暴力は良くありません(というか悪いです)。その行いは非難されるべきですが、皆で責め立てて孤立させることは、ほとんど全ての場合、良い結果を招きません。私たちの中には神様が与えてくださった正義の感覚があり、それには罰を与えたいという懲罰感情も伴います。しかし罪ある私たちには厳しく責め立てることで自分が正義の側にいる気持ちになれるという誘惑や、ある種の満足感もあるので要注意です。
「さばいてはいけません」と戒められているのは意味のあることです。残念なことは、時として私たちは現状を変えるために、「悪いやつ」を孤立させ、とっちめること以外に何も思いつけない場合があるということです。特に当事者(被害者や被害者に近い立場)の場合はそうです。難しく感じますが、怒りや正義感にまかせて相手を責め立て、罰し、孤立させる前に、もう少しだけ冷静さと知恵が与えられるよう祈りたいと思います。

“怒る者は争いを引き起こす。
憤る者には多くの背きがある。” 箴言 29:22

佐々木真輝

冷たい雨は降っても

みなさん、おはようございます。
昨日の夜、教会からの帰り道は雨でした。春だというのにちょっと冷たい雨でした。とはいえ今週末からは展勝地の「さくらまつり」も始まるそうです。実際の開花はさらに一週間後の予測ですが、なんだか今年はいつにも増して桜の開花がすごく待ち遠しく感じている自分に少し驚いています。
春なのに冷たい雨が降るように、神の国は到来したというのに心痛むこと、残念なことは起こります。治ったはずの怪我や病気の跡が痛んだり、解決したはずの問題を思い出しては感情が高ぶったり、御国の喜びと平和が完全なかたちで到来するのは少し先のことです。そして冷たい雨が降っても春の温かさが増し加わるように、何があったとしても御国の完全な到来は確かに近づいているのです。

“イエスは目を上げて弟子たちを見つめながら、話し始められた。「貧しい人たちは幸いです。神の国はあなたがたのものだからです。” ルカ 6:20

今日は*****さんの誕生日です。祝福をお祈りします。

佐々木真輝

季節のリズム

みなさん、おはようございます。
昨日、墓園の様子を見に行って来ました。一番心配だったのは除雪車によって外構が破損していないかでしたが、見落としがなければ、大丈夫そうでした。雪囲いをした植栽もほとんど大丈夫でした。いちじくの樹皮が盛大にはがれていたのが気になりましたが、原因は分かりません。納骨堂の中も点検して異常がないことを確認し、帰ろうとしたところ、クロッカスが数株花を咲かせているのを見つけました。教会のフクジュソウも咲いていますが、早春の花を見ると、ほんとに春が来たんだなと実感します。
教会のカレンダーには入れていませんでしたが、今度の日曜日、礼拝後に行ける方々で雪囲いをはずす作業をしたいとおもいます。冬には冬の備えがあり、春には春の仕事があります。毎年同じことを繰り返していますが、季節のリズムと考えればそれも楽しいものです。何か、神様の息遣いを感じながら歩ませてもらっているような気さえしてきます。

“地には花が咲き乱れ、刈り入れの季節がやって来て、山鳩の声が、私たちの国中に聞こえる。” 雅歌 2:12

佐々木真輝

神様が与えてくださったもので

みなさん、おはようございます。
日曜日に家に帰ると、ちょうどテレビで深夜から夕方に放送時間が変わったローカルな番組が流れていました。岩手県内のいろいろなお店を紹介する、結構お気に入りの番組です。その中で先日(でもないか)お店を再開したMさんの水曜屋さんが紹介されていました。再開にこぎ着けるまで相当苦労した話しは聞いていましたので、本当に良かったです。開店以来ずいぶん忙しいようですが、さらにテレビの効果も加わるのでしょうか。
こういう仕事を始めたり続けたりするのにはきっと人知れぬ苦労も伴いますが、結果として誰かが喜び幸せになれるようなまっとうなことが出来る自由があるというのは本当に幸いなことだなと思わされます。私にはクッキーやパンで誰かを幸せにする技術はありませんが、神様が私に与えてくださったもので誰かに希望や喜びをもたらせたらそれにまさる幸いはありません。そういう自由や機会を奪われ、逃げ惑う人たちのことが頭にちらつき、晴れ晴れとした気持ちになかなかなれないのですが、でも与えられているものは感謝して喜びたいです。

“それぞれが賜物を受けているのですから、神の様々な恵みの良い管理者として、その賜物を用いて互いに仕え合いなさい。” 1ペテロ 4:10

佐々木真輝

2022-04-03 平和は訪れるのか

2022年 4月 3日 礼拝 聖書:イザヤ58:6-12

 新年度に入り、新しい歩みが始まった方もおられます。お仕事をしておられる方は配置転換があったり、新人が入って来たりしたかもしれません。4月からは成人に関する法律が施行され、18歳から成人として扱われることになり、これからどんな社会になっていくのかちょっと想像がつきませんが良いほうに向かって欲しいとは思います。

そんな期待と不安が入り交じる新年度ですが、先週あたりから、新型コロナも第七波が始まっているのではないかと言われるようになり、もういい加減疲れたなあと感じているかも知れません。続きを読む →

怒りのマネジメント

みなさん、おはようございます。
アメリカで最も権威あると言われる映画賞の式典で、盛り上げ役で登場したコメディアンが会場にいた有名俳優の奥さんの髪型をネタにジョークを言い、それを聞いた俳優が激怒して壇上に上がって平手打ちをしてしまうという事件がありました。わりと好きな俳優さんだったのでショックでした。例のコメディアンのジョークも酷いなと思いますし、腹がたったその気持ちは分かるような気がします(私も短気なところがあるので)。あの会場でジョークに笑ってしまう関係者の無神経さにも腹が立ったかもしれません。でもその怒りを暴力で表してしまうことはやはりダメです。
怒りは正義の感覚とともに神様が私たちに与えてくださった感情です。怒り自体は罪ではありません。問題は怒りを表現する時に罪と結びついてしまうことです(たとえば殴ってしまうような)。怒りを表現しないことにも問題が残ります(本人も自覚できないほど深い恨みとなる等)。大事なことは怒りを押し殺すのではなく、爆発させるのでもない、適切な表し方を身につけ、コントロールできるようにすることなのですが、これは相当意識し、訓練して身につけていく必要があることです。私にも未だに後悔している場面があります。神様の助けを祈ります。

“怒っても、罪を犯してはなりません。憤ったままで日が暮れるようであってはいけません。” エペソ 4:26

ワクチンの副反応は予想の範囲内でしたが昨日の午後から動けるようになりました。少し遅くなりましたが30日は****美さんの誕生日でした。祝福をお祈りいたします。

佐々木真輝

桜の便りはもう少し先

みなさん、おはようございます。
東京あたりの人たちが満開の桜の写真をSNSにあげているのを観ると「早いなあ」「いいなあ」とちょっとうらやましくなります。とはいえ、あと3週間くらい待てばこのあたりでも桜が観られるはず。楽しみにしましょう。だいぶ暖かくなりましたが、まだ最低気温が氷点下の日もあるようなので、体が慣れるのに手間取るかもしれませんが、気をつけて過ごしましょう。
花が咲く時期は種類や土地によってだいぶ異なります。同じ街であっても、日の当たり具合や地形で大分差が出るものです。そんなふうに私たち一人一人には違いがあり、良さが輝く時、実を結ぶときにもそれぞれ神様の備えてくださる時があります。焦らず、比べず、太陽の光をたっぷり受けるように、神様の愛とみことばをしっかり受け止めて歩みましょう。

“時が来れば、ヤコブは根を張り、
イスラエルは芽を出し、花を咲かせ、
世界の面を実で満たす。” イザヤ 27:6

今日は三回目のワクチン接種です。二、三日は体調を見ながら慎重に過ごすつもりです。

佐々木真輝

新年度に期待すること

みなさん、おはようございます。
昨日、岩手世の光協力会の総会がオンラインで行われました。この手の会議はすっかりオンラインが当たり前になり、これはコロナが終わっても続きそうな予感がしています。それはともかく、今年の計画についても話し合われたのですが、10月に予定している「世の光の集い」についても日程は決めたものの、リアル開催ができるか、今の状況では何とも言えないということでした。抗原検査をしながらでもキャンプなどのようにすでに泊まりがけのイベントも行われていますが、それぞれの教会の事情も違いますし、集まる年代とか、細かなところを考えていくと「難しい」という判断をせざるを得ないこともあります。
でも「集まる」ことがどれほど大事で、またそれをどれほど欲しているかはもう明らかで、世の中の流れも止まらないのでしょう。教会としても間もなく新年度を迎えます。この状況の中でイベント開催の是非だけに心を奪われず、この二年間で傷付いたり、弱ったりした私たちの心や交わりを主がいやし、回復してくださることに期待したいと思います。

“そのとき、あなたの光が暁のように輝き出て、
あなたの回復は速やかに起こる。
あなたの義はあなたの前を進み、
主の栄光があなたのしんがりとなる。” イザヤ 58:8

2022年度の主題聖句になります。今日の午後は大船渡に向かいます。

佐々木真輝