2022-05-29 再び幸いをくだそう

2022年 5月 29日 礼拝 聖書:ゼカリヤ8:9-17

 乱気流という言葉を聞いたことがあると思います。かなりの高さの空で空気の流れが激しく乱れることを言いますが、人生や感情の浮き沈みの激しさを言い表すのに乱気流という言葉を使うことがあります。

実際に乱気流というほどのものを経験したことはありませんが、飛行機に乗っていてCAさんに「機体が揺れますのでベルトをしてください」などと言われると結構緊張します。たぶん、慣れた人には「これくらいまだまだ」と言うことかも知れませんが、滅多に飛行機を利用することがない私のような人間には、あのふわっと揚がって、急にストンと落ちるような感覚はなかなかスリリングで、ちょっと気持ち悪くなります。

ゼカリヤ書にはそういう乱気流のような、読む者を混乱させるところがあります。実は、福音書に描かれるイエス様の様子ととても関連の深い預言が記されているのですが、全体としては脈絡のつかみにくい幻が次々と現れ、振り回される感じがするのです。続きを読む →

三人寄れば

みなさん、おはようございます。
「三人寄れば文殊の知恵」ということわざがあります。凡人でも三人集まれば何かしら良いアイディアが生まれるもの、ということですね。夕べ、もう間近に迫っているリレーフォーライフのイベント担当での会議があり、久しぶりにオンラインでなく対面で打合せをしました(オンラインの方々もいましたが)。冗談を言い合ったり、ちょっと脱線したりしながら、話しているうちに段々かたちが見えて来て、良い話し合いになりました。
聖書にはよく「互いに」という言葉が出て来ます。優れた誰か一人でではなく、同じように罪も弱さもある私たちが互いに励まし会ったり、助け合ったりして生きていくことが神様の願いです。それを辛く感じる時は相当心や体が弱っている時なので休息が必要です。でも、通常は一緒に集まることを止めたりしないで、共にあることを大切にしましょう。

“ある人たちの習慣に倣って自分たちの集まりをやめたりせず、むしろ励まし合いましょう。その日が近づいていることが分かっているのですから、ますます励もうではありませんか。” ヘブル 10:25

今日は***さんの誕生日です。祝福を祈ります。

佐々木真輝

種まきもせずに

みなさん、おはようございます。
空の鳥は蒔きもせず、刈り取りもしないのに、神様が必要を満たしてくださるというのはイエス様の有名なたとえです。我が家の庭に毎年実る野いちごが、今年も実を付け始めました。もちろん種まきはしません。手入れも特にしませんし、何なら草刈機で他の雑草といっしょに刈ってしまうこともあるくらいですが、毎年この時期になると花を咲かせ実を結びます(今年はちょっと実が大きい)。
野いちごだけでなく、多くの方々に気にかけていただき、祈られていますし、時にはちょっとした贈り物(ちょっとどころではないときもありますが)で励まされることもあります。目を開いて見れば、神様の恵みはそこらじゅうにあふれているのです。

“空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。それでも、あなたがたの天の父は養っていてくださいます。あなたがたはその鳥よりも、ずっと価値があるではありませんか。” マタイ 6:26

佐々木真輝

まさか

みなさん、おはようございます。
「人生には三つの坂がある。『上り坂』、『下り坂』、そして『まさか』」。結婚式のスピーチで誰かが言うのを聞いたことがあるかもしれません。夫婦の問題ではありませんが、そのまさか(先に言っておきますが、大した話しではありません)。先月、うちのワンコたちの狂犬病の予防注射を受けるために、なじみの動物病院に行ったら、スタッフが新型コロナに感染したため休業中の張り紙が。その時は「ああ、そういうこともあるよね」と帰って来ました。昨日時間が取れたので、今度こそと思いワンコたちを乗せて車で出かけると、駐車場に車が一台もありません。「ん?まさか?」と思って入り口に目をやると何やら張り紙。「……終了しました」と書いてあるような…。水曜日の午後も診療がお休みになりました、というまさかの診療時間変更のお知らせ。
イエス様が帰って来られる時は「思いがけない」時だと教えられていますし、クリスチャン生活に降りかかる苦難を「思いがけないことが起こったかのように考えるな」とも教えられています。「何かが起こる」ことは知らされていますが、なかなか想像が及ばす、備えも足りていないことが多いのが私たち。だから気をつけていなさいと言われているのですよね。

“愛する者たち。あなたがたを試みるためにあなたがたの間で燃えさかる試練を、何か思いがけないことが起こったかのように、不審に思ってはいけません。” 1ペテロ 4:12

今日は婦人会と祈祷会があります。

佐々木真輝

人のゴミを拾う

みなさん、おはようございます。
日地域のゴミ当番だったとき、集積所に回収されないペットボトルや空き缶の入った袋がそのままになっていました。地域の決まりでは、ルール違反で回収されなかったゴミは当番の人が責任をもって処分するということになっています。仕方がないので家の資源ゴミと一緒に処分しました。他人が責任を負わなければならない問題を代わりに負ってしまうことを「他人のゴミを拾う」とたとえることがあります。そんなことを考えながら「なんだかなあ」と悶々とした気分でいました。
一方で、聖書は私たちに一人で負いきれない重荷、一人で背負うべきではないほどの大きな荷物は一人に背負わせず、一緒に負い合うようにと教えています。そうすることは正しいことであり、聖書の精神を全うすることになります。問題は、一人で負うべきか、誰かに助けてもらうべきか区別が時々分からなくなることかも知れません。そういうときは自分だけで悩まず、誰かに聞いてみることです(ゴミの分別の仕方も聞いてくれればいいのに…)。

“互いの重荷を負い合いなさい。そうすれば、キリストの律法を成就することになります。” ガラテヤ 6:2

佐々木真輝

よい習慣を取り戻す

みなさん、おはようございます。
今日は一週間ぶりに家に帰ります。木曜日まで総会やチームワークミーティングが開催されたシオン錦秋湖で滞在していたため、三日間の自主隔離でした(あんまり意味がなさそうだけど)。外泊したときの大きな問題はわりと長続きしている「16時間断食(オートファジー)」が途切れてしまうことです。そもそも、16時間断食といっても、そこまで真面目にやっているわけではなく、血圧の薬を飲むために、朝はバナナを三分の一くらいは口にしてます。でも、錦秋湖ではしっかり朝ご飯が出ますので、それはちゃんと食べます。問題は帰って来てから習慣を元に戻すのがなかなか辛いということ。朝になると今まで以上にお腹が空いてしまいます。
一度途切れた習慣を元に戻すのはなかなか大変なことです。動機づけがあやふやなものはそのままなし崩しに失われてしまうかもしれません。16時間断食は万人に勧められるものではありませんが、私たちの心と身体、霊的な健康に役立つ習慣は、ちゃんと取り戻したほうがいいです。一時の怠け心や気楽さと引き換えに失うものが案外大きいことを、あとあと思い知らされることになりますから。

“真理を買え。それを売ってはならない。
知恵と訓戒と分別も。” 箴言 23:23

今日は佐藤光代さんの誕生日です。祝福を祈ります。
今日はまたオンラインでの岩手の牧師会です。私が学びの担当になっています。お祈りください。

佐々木真輝

競争ではないけれど

みなさん、おはようございます。
リレーフォーライフの一貫で「セルフウォークリレー」というチャリティイベントが行われています。歩いた歩数に応じて協賛企業が募金をしてくれて、それががん患者のための無料電話相談の運営に充てられるというものです。70,000歩で一回分の電話無料相談が可能になるそうです。早速登録して意識して歩くようにしていますが、そんな中、ぐんぐん歩数を伸ばし今のところ1位をキープしている方がおられます。Sさんのご主人です。普段からかなりよく歩いている方なので常連の皆さんをあっという間に抜き去ってしまいました。もちろん、競争ではないのですが、その歩数が誰かの助けになると考えると嬉しいです。
私たちの人生には競争する場面がありますが、人生そのものは競争ではありません。でも神様が与えてくださる賜物と志に応えて一生懸命生きていけば、それが自分を豊かにするだけでなく、結果として誰かの祝福となります(それが実を結ぶということですね)。軽やかでも、ゆっくりでも、一歩ずつ歩いていきましょう。

“そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、
あなたを祝福し、
あなたの名を大いなるものとする。
あなたは祝福となりなさい。” 創世記 12:2

今日は午後から大船渡に向かいます。

佐々木真輝

2022-05-22 よく考えてみよ

2022年 5月 22日 礼拝 聖書:ハガイ1:1-14

 私たちの教会は来年70周年を迎えます。70年というのはかなり長い年月です。今私たちの教会に70年前当時の教会の様子を知っている方はもういなくなってしまいました。数年前に来られたポールさんでもわずか2、3歳。実は、来年お姉さんのほうも北上を訪ねてみたいという願いがあるのだそうですが、それでも5歳くらいだったでしょうか。

しかし幸いなことに、70年前に神様が始めてくださった働きは今も続いています。戦争が終わってまだ数年という時期に、北上市ではなく黒沢尻町だった時代に宣教が始まり、今にいたるまで、日本の社会は大きく変わりました。

そういう年月が、イスラエルも国を失い捕囚となってから経過していました。新しい時代になったイスラエルの民と、当時の指導者であった総督ゼルバベル、大祭司ヨシュアとに神のことばを伝えるために預言者ハガイは立てられました。続きを読む →

急には上手くいかない

みなさん、おはようございます。
今日の午後、北上医師会長さんの挨拶をビデオ収録することになっていて、夕べ機材の確認をしました。最近はカメラ自体をあまり触っていないので、ちょっと不安もあったのです。カメラの操作自体は体に染みついているのですが、マイクの設定のしかたをすっかり忘れていてなかなか難儀しました。あれこれ試して上手くいかず、結局説明書を捜し出して何とか動かせるようになりました。付け焼き刃という言葉がありますが、普段からやっていないことを急にやろうとしても上手くはいきません。
聖書は私たちに「昼も夜も口ずさみなさい」とか「思い起こしなさい」「考えなさい」「やり続けなさい」と、神様が示してくださる原則や命令を習慣とし身につけ、「いつもの行動」「いつもの態度」になるようにと教えています。それが私たちの歩みを確かなもの、しっかりしたものにするからです。

“こういうわけですから、愛する者たち、あなたがたがいつも従順であったように、私がともにいるときだけでなく、私がいない今はなおさら従順になり、恐れおののいて自分の救いを達成するよう努めなさい。” ピリピ 2:12

昨日は****さん、****さんの誕生日でした。遅ればせながら祝福を祈ります。

佐々木真輝

パスポートなしで

みなさん、おはようございます。
昨日は「沖縄本土復帰50年」の記念日でした。今の人は(私自身も)ぴんと来ない人も多いですが、太平洋戦争敗戦から50年前の昨日までの27年間、沖縄はアメリカ政府の管理下に置かれていました。当時は沖縄に行くためにパスポートが必要だったそうです。日本に返還された今でも、在日米軍のほとんどが沖縄に駐留していて、沖縄の人々の日常生活と深い関わりや様々な影響を及ぼしていることはたびたび耳にしますね。
主権を取り戻しても、なお外国の力の影響下にあるのは、沖縄だけでなくすべての人類の現状です。罪と死の力はもはや私たちを支配していませんが、その影響力は今なお強く残っています(在日米軍は罪とまでは言いませんが)。それでも沖縄に行くためにもはやパスポートもビザもいらないように、神様の恵みの御座に進み出るのに、何も妨げるものはなく、折りにかなった助けをいただけます。

“ですから私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、折にかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。” ヘブル 4:16

今日は佐々木静枝さんの誕生日です。祝福を祈ります。
今日からシオン錦秋湖で保守バプテスト同盟の総会、チームワークミーティングが行われますので、しばらく朝メールはお休みです。

佐々木真輝