コイノニア

みなさん、おはようございます。
今年度から始めた月一度の「コイノニア」の時間。コロナ禍で食事の交わりが出来ておらず、十分な交わりが出来ていない状況にいくらかでも助けになるようにと始めました。今日はその時間を用いて、その中でバプテスマ式と、普段は礼拝の中で行っている聖餐式を行います。初めてのやり方です(とは言っても、以前、総会が毎月行われていた頃は教会員だけが集まる総会前に行っていました。時代が変わればやり方も変わります)。「コイノニア」には「分け合う」という意味がありますから、バプテスマにあずかり、教会の一員に加えられた方と、初めての聖餐式を共に祝うことは、バプテスマの喜びを分かち合うのにピッタリではないかなと思っています。
主イエス様によって与えられた救いと、主にある交わりを喜び、感謝しつつ、今日の礼拝とコイノニアの時を祝いましょう。もちろん、バプテスマ式もオンラインで配信を続けます。

“彼のことばを受け入れた人々はバプテスマを受けた。…彼らはいつも、使徒たちの教えを守り、交わりを持ち、パンを裂き、祈りをしていた。” 使徒 2:41-42

佐々木真輝

2021-08-01 信仰によって歩み出す

2021年 8月 1日 礼拝 聖書:ヘブル11:8-12

 私のように、オリンピック開催には否定的な意見がありながらも、開催にこぎ着けたオリンピックですが、選手たちを見ているとよく一年の延期を乗り切ったなあと感心します。去年だったらもっといいパフォーマンスが出来たという人もいるでしょうし、逆に延期になった影響で、結局有力と言われていた選手が出場の機会を逃してしまったり、体力や気力のピークを一年先に延ばすのに苦労した人もいたことでしょう。

しかも、直前までほんとうに開催されるのか、中止になってしまうのではないか、という先の見えない中で、信じて準備し続けるというのは本当に大変なことだったと思います。続きを読む →

はじめまして

みなさん、おはようございます。
この前の日曜日、いつものように月一度の大船渡教会での礼拝に向かうと、初めてお会いする方がおられました。お友だちに誘われて来たという方でした。たった一人いつもより増えただけですが、何か教会の交わりの雰囲気が変わったのか、最近礼拝が終わると割とすぐに帰っていた方もしばらく残って行き、何やらお話をしていたようです。私も初めてお会いしたその方とお話ができてとても嬉しかったです。続けて来られるといいなと心から願っています。
元来、人見知りでそれほど社交的でもない私ですが、さすがに鍛えられて、いくらかましになりましたので、初めてお会いする方がいると若干緊張しつつも嬉しさが勝ります。「はじめまして」の挨拶が「またお会いできて嬉しいです」に変わり、「おはようございます(こんにちは)」がいつもの挨拶にまでなったら本当に嬉しいです。

“すると見よ、イエスが「おはよう」と言って彼女たちの前に現れた。” マタイ 28:9

今日は****さんのお誕生日です。祝福を祈ります。
婦人会と祈祷会もあります。

佐々木真輝

新しい「普通」

みなさん、おはようございます。
カナダの*****先生夫妻(以前、香港のチームと一緒に来てくださった元宣教師)から夏の挨拶が届きました。カナダではようやく教会で普通にいろいろな集会を開くことができるようになったそうですが、その「普通」に慣れるのにまた時間がかかりそうだとのことでした。確かに、こんな状態が2年近く続くと、これがもう普通になってしまいますからね。元に戻すのが良いことか迷う部分もあったりします。とはいえ、お店やイベント関係は本当に元に戻ってくれるのを切実に待っていることでしょう。
私たちがクリスチャンになって、聖書に示される新しい生き方を身につけていこうとします。以前「普通」だったことから新しい「普通」を身につけていく途中では違和感や慣れない感じがつきものです。でも、コロナ対策がそうだったように、これが良い道なのだと信じて身につけ、新しい普通にしていく必要があります。マスクと違って慣れれば快適でもあります。

“また、あなたがたが霊と心において新しくされ続け、” エペソ 4:23

今日は****さんの誕生日です。祝福を祈ります。

佐々木真輝

仲良くなれない

みなさん、おはようございます。
うちの二人のワンコたちは時々激しくやり合います。遊んでる感じで始まったのが途中から喧嘩になったり、大騒ぎになることがあります。オリンピックに出場するアスリートなみの闘志や瞬発力でやり合うので、途中で止めないといけないことがあるほどです。どうしたものかと「仲良くしてよ」と語りかけるのですが、どちらも「ボクのほうが正しいでしょ(又は「かわいそうでしょ」)」という目で見つめ返してくるだけです。どんなに感情移入をして可愛がっていても、そこは犬の限界です笑
私たち人間には、神のかたちがあるのですから、もう少し賢く振る舞える可能性があります。仲良くなれない人がいるのは仕方がないですが、気持ちのまま振る舞って、ひどい言葉や意地悪な態度を取ることまで「しかたがない」と言うことは出来ません。カインの足跡をたどるのではなく、イエス様の足跡をたどるようにしましょう。

“もしあなたが良いことをしているのなら、受け入れられる。しかし、もし良いことをしていないのであれば、戸口で罪が待ち伏せている。罪はあなたを恋い慕うが、あなたはそれを治めなければならない。」” 創世記 4:7

佐々木真輝

何でも使う

みなさん、おはようございます。
今日はオンラインでの「岩手教会連合デイ」です。オンライン開催ならではの、エルサレムとつないでの集会です。たぶん、技術的には何年も前から可能だったのだと思いますが、昨年からのコロナ禍のおかげで、こうしたネットを介した会合や交わりがずいぶん身近なものになりました(好き嫌いや善し悪しはありますが)。時差だけは何ともしがたく、こちらで開催する午後2時は向こうでは朝8時です。
考えてみれば、聖書の時代も当時の最先端の通信手段である手紙が最大限に用いられましたし、歴史的にも新しい技術が出てくればそれらをどんどん用いて福音を伝えたり、教育や交わりに用いて来たわけです。使えるものは何でも使うのです。

こちらは今日の連合デイのZoomのリンクです。教会で集まって参加しますが、個人で参加することも出来ますので、その際はお用いください。
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“私たちは、真理に逆らっては何もすることができませんが、真理のためならできます。” 2コリント 13:8

今日の婦人会と祈祷会はお休みです。連合デイは2時からになります。

佐々木真輝

信じて歩み出す人に

みなさん、おはようございます。
東京でパティシエをしていた***さんが、引き抜かれて、宮古のヤギのミルクを使ったケーキを出すお店で働くようになって、すでに岩手に来ています(なかなか教会に顔を見せにまで戻って来ることが出来ずにいますが)。先日、深夜に放送されている県内各地の飲食店を紹介する番組でそのお店が紹介されていました。収録された時にはまだ戻って来る前だったようで、彼の姿は見られませんでしたが、なかなかオシャレで意欲的なお店のようでした。きっとこんな展開になるとは本人も予想していなかったことでしょうが、元気で頑張っていただき、いつかそのケーキを味わいに出かけて行きたいと思います。
私たちの人生の転機がどこに転がっているか、誰にも、本人にも予想できません。もう新しいことなんて起こらないだろうと思っている年齢でも、何があるか分かりません。アブラハムも結構な年齢でした。新しい決断に対しては応援してくれる人もいれば、反対したり、心配してくれる人もいるでしょう。それでも神様の導きを信じて歩み出す人を祝福したいと思います。

“主に信頼する者に祝福があるように。
その人は主を頼みとする。” エレミヤ17:7

佐々木真輝

2021-07-18 みことばの贈り物

2021年 7月 18日 礼拝 聖書:詩篇119:1-8

 「戒め」という言葉には厳しい響きがあります。「○○を食べちゃいけない・しちゃいけない」という戒律。戒めを破ったときの罰則としての「戒規」。「懲戒処分」なんて言葉もあります。

不思議なことに、この戒めが詩篇の世界では「喜ばしいもの」「ハチミツのように甘い」ものとして描かれることがよくあります。そしてこの戒めに従うことがどれほど幸せなことかと何度も歌われるのです。クリスチャンはそういうことばを聞いて「アーメン、その通り!」と言うかもしれませんが、そう言う割には大好きな珈琲は毎日飲めても、なかなか聖書通読も続かないし聖書の学びに時間を取ることは結構決意と努力をしなければなりません。続きを読む →

腰の帯を締め

みなさん、おはようございます。
昨日、お昼頃にふと気づいたら、ベルトをしていませんでした。悲しいかな、ベルトをしないでもズボンがずり落ちないお腹周り。ではありましたが、さすがにちょっと緩くて、しまりがありません(その微妙な感じがとっても「いずい」)。
ファッションでそうやっている人もいますが、まあ好みは人それぞれです。腰周りがしっかりしていないと力が出なかったり、職種によっては危険だったりします。「腹をくくる」という言い方もありますが、その覚悟が自分自身の決意や熱心さだけでなく、ちゃんとみことばが指し示す真理によって強められたものなら、力も出るというものです。今日はちゃんとベルトをして出かけます。

“そして、堅く立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、” エペソ 6:14

今日は*****さんの誕生日です。祝福をお祈りします。

佐々木真輝